大澤めぐみ 『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』 (スニーカー文庫)

6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)

6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)

もちろん、穂高にだって本当になにもないわけじゃない。

そこにはゲオがあり、ケーヨーデーツーがあり、ファッションセンターしまむらとアベイルがある。日用品はだいたいデリシアで買えるし、ちょっと行けばイオンだって蔦屋書店だってある。最低限のものは一通り揃っていて、でもそれ以外の選択肢はあまりない、均質化されたどこかの郊外。無であるようにデザインされた虚無。

だからたぶん、この町にはなにもないのだ。

2017年の3月.松本駅の6番線ホームでわたしたちは立ち上がる.わたしはひとり東京へ行き,この人と決別する.わたしたちはそれぞれが選んだ道を進むことになる.

ある四人の高校生の三年間.その断片を描いた出会いと別れの物語.『おにぎりスタッバー』(感想)でデビューした作者の青春小説.同じ青春小説とはいえ「おにぎり~」も「ひとくい~」もかなりの変化球だったのだけど,こちらはかなり球威のある直球になっている.一人称の語りのスタイルは変わっていないので,不思議な感じがするけど,一貫したスタイルが垣間見えてとても良いと思う.すれ違ったままだったり,どうも思ったようにはいかなかったりする.ハッピーともバッドとも言い難いけど,形に残るものが確実にあったことが想像できる高校三年間の断片.世代によって受ける印象が変わるんかもなあ,と思ったけども,ただただ眩しい.良い青春小説でした.

十字静 『図書迷宮』 (MF文庫J)

図書迷宮 (MF文庫J)

図書迷宮 (MF文庫J)

さようなら。

あなたの人生は、ここで終わってしまいました。

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あなたは図書館都市アレクサンドリアの地下迷宮を,少女とともに逃げていました.あなたには記憶がありません.あなたは失った記憶を取り戻し,父の仇を取らねばなりません.

10回MF文庫Jライトノベル新人賞三次選考通過作.二人称で語られる吸血鬼と記憶の物語.1000ページに渡る〈本〉を表現するのに,物理的に500ページの物量を用意したり,珍しい二人称小説だったり(二人称の理由はすぐに明かされる),いろいろと面白い試みをしている.「本」という形式を活かした,メタフィクション的な仕掛けも意欲的で良い.ただ,ストーリーはその仕掛けに追いついていない印象で粗も多い.吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)や図書館都市といったガジェットはどこかで見たようなもの.二人称からくる描写のぎこちなさがあるし,ページの量に合わせて引き伸ばしていると思われる部分も目立つ.やりたいことにまだ技量が追いついていないという意味で,新人賞らしい熱のこもった作品だと思いました.次も楽しみにしております.

久永実木彦 『七十四秒の旋律と孤独』 (東京創元社)

七十四秒の旋律と孤独 -Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作

七十四秒の旋律と孤独 -Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作

戦闘とは想像力の結実であるべきだ。たとえばそう、音楽のように。

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第8回創元SF短編賞受賞作.空間めくり(リーフ・スルー)の最中,無防備になる宇宙船を防衛するために搭載された人工知性(マ・フ)の視点から語られる戦闘の記録.これぞSF短篇のお手本と言える,完成された短篇だと思う.アイデア的に目新しいものはないのだけど,空間めくり(リーフ・スルー)中の,74秒の戦闘描写の美しさは特筆に値する.

手代木正太郎 『魔法医師の診療記録6』 (ガガガ文庫)

魔法医師の診療記録 6 (ガガガ文庫)

魔法医師の診療記録 6 (ガガガ文庫)

クロードの股間のもの――それが、常軌を逸して巨大だったのだ。

丸太とでも言おうか、天を磨するほどとでも言おうか、とにかく規格外に、魔界的に、地獄のごとく長く太かったのである。そのサイズ、形状たるや勇猛果敢剽悍無比で知られる女戦士たちをして怖気を感じさせずにはおかぬほどに凶暴兇悪だったのだ。

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大陸南端に存在する大密林,〈魔魅の大苗床〉.この秘境の最深部に眠ると言われる大量のガマエを求め,盗掘人,ハンター,探検者,医者からなる15名の探検隊が結成された.だが彼らはまだ知らない.この探検行が彼らの想像を絶して妖しく怪奇に満ちたものになるということを.

人跡未踏の大魔境に潜むは人間を喰らう一眼一角巨人(キュクロプス)岩鬼(トロール),男をさらう女人族(アマゾーン),そしてフェアリーとエルフ.小栗虫太郎の『人外魔境』,香山滋の『人見十吉シリーズ』,『少年王者』を再読しながら書いたという,冒険活劇と化したシリーズ第六巻.これひとつだけで一冊の本が書けるんじゃね? と思うようなアイデアを惜しみなくつぎ込んでいる.恐るべき密度.エピソードが並列的に並ぶ前半はどうだろうと思っていたのだけど,世界の成り立ちが語られ,あの問題のひとがまさかの再登場を果たす後半にかけて恐ろしい勢いで物語のテンションが上ってゆく.毎度毎度,ほんとにすごいし楽しい.そして,六巻目にしてはじめて書かれたあとがきが熱い.今後がますます楽しみになってきました.

一肇 『フェノメノ 伍 ナニモナイ人間』 (星海社FICTIONS)

フェノメノ 伍 ナニモナイ人間 (星海社FICTIONS)

フェノメノ 伍 ナニモナイ人間 (星海社FICTIONS)

「……からだはきいちゃんだけど、顔もきいちゃんなんだけど……でも、あれはきいちゃんじゃなかった。目がすごく黒くて、真っ黒で……それに、きいちゃんはあんなわらいかたをしなかった。でも……そんなことわかってもらえないし……だれにいったらいいのかわからなくて……」

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気がつくと「己」は生きていた時代から10年前の世界で,生と死の間にいた.そこでとある一家の次女・Mと出会った「己」.その前に現れた,黒いドレスの少女は「己」に囁く.この一家は,7月31日にみんな死んでしまうんだよ,と.

後に「首吊り館一家惨殺事件」と呼ばれる事件の,裏に起こっていたことを描く現代怪談.そこにいるだけで怖く,関わっただけで穢れるという静かな恐怖は紛れもなく「怪談」の風情.あまり感想を言うのも野暮かなという気もしてくる.じわじわとした恐怖に締めつけられるがいい.