黒葉雅人 『宇宙細胞』 (徳間書店)

宇宙細胞

宇宙細胞

第 9 回日本SF新人賞受賞作.南極の氷床コアの中に眠っていた未知の粘体が目覚めるとき,人類は,そして世界は未曾有の事態を迎える.はじまりは砕氷船の中のパニックホラー,その後は崩壊後の世界を描いたポストアポカリプスへ移行,そして伝説へ…….
帯曰く「奇想SFの極北!」.はじまりは南極なのに極北とはこれいかに.内容は盛りだくさん.そして突っ込みどころも盛りだくさん.化け物の姿を微に入り細を穿って描こうと努力しているものの,おかげでパニックホラーなのにテンポが悪くてちっとも迫力がない.プロットもいい加減で,片脚を失った老人が化け物だらけのビルでなぜか若者二人より先回りするし,科学技術考証は輪をかけてむちゃくちゃいい加減.無人の研究所に残された記憶媒体が「メモ、フロッピー、ブルーレイ」だけだったり(CD や DVD,ハードディスクは?).人類がほぼ滅んだ後,電力供給が絶たれた地球上の「粘体」分布を知る手段が Google Earth ってのは流石に吹いた.
四章からラストにかけての,文字通り天文学的インフレーションにも唖然とさせられた.無限だの永遠だの,そんな耳に優しいありふれたフレーズには飽き飽きだ! みたいな魂を感じる疾風怒濤の展開がすさまじい.まるで小賢しい小学生男子がそのまま知識を身につけて大人になったかのような.いやあ,わくわくするじゃありませんか.スケールがでかすぎて途中からどうでもよくなったのはおそらく私の想像力がへっぽこでついていけなくなったのが悪いのでしょう.なんでもこの終章は「脳内世界に、一気にぱあっと」膨らんだイメージを元に書いたそうで,「本作ラストの紙プロットはこの世に存在しません。わたしの手元にもありません」っておい.
ってことでまったく褒められた出来ではないのだけど,全体に漂う不器用さと作者の年齢を合わせるとなんか憎めないんだよなあ.最後に残されたリーゼントのおっさんが歌う恥ずかしい歌とか,宇宙編とか,不器用にメッセージを描こうとしているのは分からないでもないし.まあ極北であることは間違いない一冊でした.私はわりと好きなんだけどおすすめはしない.洒落の分かる大人だけ読んでください.