冲方丁 『天地明察』 (角川書店)

天地明察

天地明察

伊藤はそう言ったが、春海がそのとき深く感銘を受けたのはまったく逆のことだった。人には持って生まれた寿命がある。だが、だからといって何かを始めるのに遅いということはない。その証拠が、建部であり伊藤だった。体力的にも精神的にも衰えてくる年齢にあって、少年のような好奇心を抱き続け、挑む姿勢を棄てない。伊藤が天測の術理を習得したのは四十を過ぎてからだという。自分はまだ二十三ではないか。何もかもこれからではないか。そんな幸福感を味わう春海に、
「どうです。面白いでしょ」
伊藤が、いつもの丁寧で柔和な笑顔を見せて言った。(後略)

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徳川家の碁打ち衆"四家"のひとつ,安井家に生まれた渋川春海.溢れる才能を持ちながらも御公務としての碁打ちはそこそこに,趣味の算術に明け暮れていた二十二歳の春海は,やがて国の行く末を決める大事業へ参加することになる.
新たな暦を作り上げるという一大事業を中心に立って成し遂げた渋川春海の半生.止まることなく変わっていく時代において,いくつになっても尽きることのない好奇心.少年のように頼りなかった春海が,少年のような心を失わない建部や伊藤に出会い,色々なひとの想いを託されて成長して,巨大事業を成し遂げていく.「ひとの想いが受け継がれる」という言葉を,これほど実直にまっすぐに表現して,なおかつエンターテイメントとしてもムチャクチャ面白い.未来はいくらでも広がっているんだ,みたいなわくわくする希望をここまで馬鹿正直に描かれたらそりゃもう.気持ちの良い読後感の,素晴らしい作品だと思います.
「僕の中では『天地明察』と『テスタメントシュピーゲル』は完全に地続きで、まるで一つの作品であるかのように感じております」*1.ことばでうまく言い表せないのだけど,なるほど,と思った.

*1:テスタメントシュピーゲル 1』あとがきより