山岸真編『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーヴァー』 (ハヤカワ文庫SF)

スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

スティーヴ・フィーヴァー ポストヒューマンSF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

「でも、彼女はほんとうにいる(リアルな)の?」と、きみは訊ね、祖父が答える。「おお、もちろんだとも。あの方はおまえやわしとおなじように実在しとる、わしらみんなとおなじように実在しとるのだ。ほんとうに存在していない聖人になんの価値がある?」それで、きみはディスプレイ越しに、見渡すかぎりどこまでもまっすぐ前方に伸び、錆色の地平線までつづいている、ぼやけた鋼鉄の線路を見つめ、考える──リアル、リアル、鋼鉄スチールのようにリアル、線路(レイル)のようにリアル、鋼鉄スチールでできた線路(レイル)のようにリアル。車輪の響きにリズムを合わせるのは簡単だった──ラララ、リリリ、リアル、鋼鉄スチールのようにリアル。

キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)

どんなに能力があっても、欲望なしでは無益だ。
われわれの創造主である人間は、そういった点で才能がある。実時間で四十億年におよぶ苦闘のなかで築いてきた財産だ。
やるべきことはあきらかだ。
欲求と能力を融合させるのだ。
人間は意志作用を発揮し、われわれ機械は判断力と力を提供するのだ。

有意水準の石

ジェフリー・A・ランディス「死がふたりをわかつまで」.いちども出会うことなく死んだ男と女の,十億年に渡る恋の断片.キレの良いショートショート
最初に交換したのは眼球だった.ロバート・チャールズ・ウィルスン「技術の結晶」は,自らをサイボーグ化することに熱中する夫と,それを冷ややかに見つめる妻のすれ違い.ラストで笑ってしまった.いい話なのかな?
マイクル・G・コーニイ「グリーンのクリーム」.リモーターと呼ばれる遠隔操作ロボットによって効率的な人生を強要されるようになった人類の,あるいち観光地の出来事.書かれた年代もあるかもだけど諦念の強い短篇だなあ.しかしこの世界観は面白い,もし同じ世界観の別作品が存在するようなら読んでみたいですが.
イアン・マクドナルド「キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)」.機関車の最後の運転と,機械の聖人となる女の姿が交互に描かれる.火星を走る機関車というイメージと言葉遊びがじつに格好良くて気持ちいい.
ヒトの姿を捨てて「集合体」になった人間たちと,元の姿を保ちつつ,バックアップは怠らない人間の相容れない対立,チャールズ・ストロス「ローグ・ファーム」.グロテスクなホラーのようでもありブラックユーモアのようでもあり.いずれの陣営にも共感し難く一歩引いた視点で読んだわけですが,その読み方で間違ってない気はする.
進行性の精神障害を持つ娘を見つめる母,メアリ・スーン・リー「引き潮」.非人間的な〈改良〉を娘に施すことを望まない母の苦悩がひしひし伝わってくる.子どもの中から潮が引いていくのを見るようだった,という簡潔な表現にぞわっとした.
人間の体を捨てて意識をロボットに移した男と,残された肉体,どちらが人間なのか? ロバート・J・ソウヤー「脱ぎ捨てられた男」はその両者の対話.なんて面倒くさい未来像なんだ,と真っ先に思ってしまったことだ.
キャスリン・アン・グーナン「ひまわり」.脳に影響するナノマシンが見せるギラギラしたヴィジョンと,やるせなさが対称的.
表題作グレッグ・イーガン「スティーヴ・フィーヴァー」.スティーヴレットと呼ばれるナノマシンに感染された少年はアトランタを目指す.テクノロジーへの皮肉に,万国共通のノスタルジーをおっかぶせ,なんとも言いようのない切ない読後感が生まれる.素晴らしい.
己のコピーである〈シム〉(シミュラクラ)を,人生の節目ごと,あたかも記念写真のように残していく未来.デイヴィッド・マルセク「ウェディング・アルバム」は思わぬスケールに飛躍していった.
デイヴィッド・ブリン有意水準の石」.特異期を越えた時代,人間とシミュレーションの違いはどこにあるのか.本筋と関係ないけど,ごてごてした移行期の未来像はなにやら賑々しくて楽しそうではありませんか.
ブライアン・W・オールディス「見せかけの生命」.博物館に保管されていた,男女一対のホロキャップの時代を超えた対話.未来のファービー的な変な話から,おそろしく空虚な結論に達する.
人体改造,サイバーパンク,シンギュラリティ…….「変容した人類の姿」を描いた作品を集めたアンソロジー.「ポストヒューマン」とうたいながら,テーマは色とりどり.「キャサリン・ホイール(タルシスの聖女)」,「グリーンのクリーム」,「引き潮」,「スティーヴ・フィーヴァー」が特に良かったかな.