中村融編 『宇宙開発SF傑作選 ワイオミング生まれの宇宙飛行士』 (ハヤカワ文庫SF)

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

ワイオミング生まれの宇宙飛行士 宇宙開発SF傑作選 (SFマガジン創刊50周年記念アンソロジー)

「わたしの名前はセルゲイ・コロリョフ」年長の男は言葉をつづけた。「しかし、きみはその名を二度と聞くことはないだろう。ここでわたしはただの主任設計者、あるいは主任にすぎない。バイコヌール宇宙基地へようこそ」

主任設計者

つぎにこの赤錆色の平原を歩くとき、ひょっとすると人類はそこを故郷にするかもしれない。その日、この場所にはもっとふさわしい記念碑が建てられるだろう、とソロヴィヨフは思った。そして人々はクリュセ平原へやってきて、過去の遺物に──そして未来の人工物に驚嘆するだろう。

献身

アンディ・ダンカン「主任設計者」は実在したソ連のロケット設計者セルゲイ・コロリョフと,その部下にして弟子にあたるアクショーノフの,ロケットに捧げた生涯.「宇宙開発の光と影」のあらゆる面を,ひとりの人間の目を借りて描いている.傑作.
ウィリアム・バートン「サターン時代」は改変宇宙開発史.モリス・ユードル大統領のもと,アポロ計画が継続され,スペースシャトルが存在しなかった時代の話.ジャクスン大統領と設計者たちのやり取りは変な意味でぐさっと来るな…….
宇宙飛行士の夫と電送(ワイア)研究者の妻.アーサー・C・クラークスティーヴン・バクスター「電送連続体」はロマンとテクノロジーのせめぎ合いかしら(かなり無粋).
天文マニアのルークは,乱暴者のグリフィンが叔父からもらったと言う「月の石」を 10 ポンドの高値で買う.ジェイムズ・ラヴグローヴ「月をぼくのポケットに」.なんてことない話だとは思う.思うのだけど,(元)男の子はこういう話好きだよな.もちろん私も例にもれず.
月に着地した宇宙飛行士のバドは並行宇宙にある別の月へと飛ばされる.スティーヴン・バクスター「月その六」.ハードSF の多いこの作品集のなかだとかなりの異色作に見える.ありえた月面世界,ありえた宇宙開発史は面白いけど,あっさり終わってしまった印象もある.
事故に遭い,全滅の危機に陥った火星探査チームを救ったのは,前時代の遺跡であるヴァイキング 1 号だった.エリック・チョイ「献身」.火星でのピンチを知恵とテクノロジーで乗り切る,という筋立てはオーソドックスなものだと思うのだけど,まぶされた「センチメンタリズム」に,そしてラストの一文にも,分かっていながらじんわりした.
アメリカが有人宇宙飛行計画を放棄した時代.ワイオミングで生まれた「スペースボーイ」は車椅子の友人と出会い,宇宙飛行士を目指す.アダム=トロイ・カストロ&ジェリイ・オルション「ワイオミング生まれの宇宙飛行士」.紆余曲折ありながらもまっすぐ成長し,やがて夢を叶えるアレックスのたくましさに救われたような気分になる.ラストはアレックスの親友でなければ言えない言葉だろうな.
「宇宙開発SF」というからハードSF が多いのかなと思って手に取った.たしかに半分は正解だったんだけど,それ以上に詰め込まれているのは様々な形の情熱と,なによりもたっぷりのロマン.SFマガジン創刊50周年記念アンソロジーのなかで個人的にいちばん馴染みのないジャンル(?)だったこともあって,前提の知識は足りなかった*1ものの,いずれの作品もとても楽しく読みました.

*1:ところどころぐぐりながら読みました