北野勇作 『きつねのつき』 (河出書房新社)

きつねのつき

きつねのつき

このところ、春子がやたらと外に行きたがるのは、たぶん頭の中にこの世界の模型のようなものがができつつあるからだろう。
自分な中にできていく世界の模型に対応するようにしてそれを表現するための単語が増え、その使いかたも複雑になり、それによって世界はさらに解像度をあげていく。そんなふうに、日々更新されバージョンアップされていく世界にいるのだ。きっと同じものを見たり聞いたり触ったりしていても、実際には私とはまるで違う場所に生きているのだろうなと思う。それがどんな世界でも、子供と大人ではまるで違ったものに映るはずだ。

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こんなことが事件になるのか。あんなことが起きてしまった今でも。
まあ、誰もが自分に与えられた仕事をわからないまま続けている、というだけかもしれないな。
世界は変わっていない。
そう信じたくて。

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人工巨大人の暴走によっていったん滅んだのち再構成されたらしい世界で,「私」は,天井に貼りついてしまった妻と,娘の春子との三人で静かに暮らしている.「おととし書いてボツになった小説は、いまの状況にそっくりだ。この作品、震災前に書かれたと言っても、誰も信じてくれないだろうな」(大意)という Tweet がきっかけとなって出版された,「破壊と再生の物語」.
物語は父親である「私」の一人称で語られる.夢なのか現実なのかあいまいで,ふわふわしているのはいつもの北野勇作テイスト.導入はかなりホラー気味だった物語が,春子が少しずつ成長して人間らしくなっていくにつれて,だんだん優しくなっていくのがかなり特徴的なところ.妻と春子の存在が,ストーリーに強い方向づけをしているような気がした.「再生」は果たせていないのかもしれないし,ひょっとしたらもう別の何かになってしまったのかもしれない.でも希望はまだ残っているよね.っていう.良かったです.震災を連想してしまうのは仕方のないことだと思うけど,いずれにせよこうして世に出してくれた河出さんのあざとさに感謝します.