夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (ハヤカワepi文庫)
- 作者: カズオイシグロ,Kazuo Ishiguro,土屋政雄
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/02/04
- メディア: 文庫
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入学して最初の年、エミリはキャンパスに住み、部屋にポータブルのレコードプレーヤを置いていた。大きな帽子ケースに似た箱で、表面が薄青色の模造皮革で覆われ、中にスピーカーが一個組み込まれていた。当時よく見かけたやつだ。蓋を開けるとターンテーブルが現れた。鳴る音はいまの基準で言えばお粗末だったが、ぼくらはその周りにすわり込んで、トラックからトラックへピックアップをそっと持ち上げては下ろし、何時間でもうっとりと聞きほれた。ある歌のいろいろなバージョンを聞き比べて、歌詞のあれこれ、歌手による解釈のあれこれについて議論することを楽しんだ。ここはこんなに皮肉っぽく歌うところなのか? 《わが心のジョージア》って、女の名前とアメリカの州名とどっちとして歌ったほうがいいのかしら? ハッピーな言葉の並ぶ歌詞が、解釈ひとつで胸の張り裂けるような歌唱に変わるとき──たとえばレイ・チャールズの《降っても晴れても》のようなレコーディングに出会うとき──ぼくらは最高に幸せだった。
降っても晴れても
カズオ・イシグロの初めての短篇集.収録されている五篇はいずれも「音楽」と「夫婦」をテーマにしたもの.どこか悲しいラストの「老歌手」,むずがゆい青春時代のひとコマ(?)「モールバンヒルズ」と「チェリスト」.「カズオ・イシグロ史上、最も冴えない語り手」(解説より)の登場する「降っても晴れても」や,包帯を巻いたふたりがホテルを徘徊する「夜想曲」といったユーモア色の濃い作品もあり.長編に比べると下世話な印象がかなり強いのだけど,美しい語り口はさすが.しかし,「老歌手」や「夜想曲」で書かれるような出来事が遠い世界すぎてよく感覚が分からなかった.芸能の世界ではあることなんだろうか.