吉良佳奈江訳 『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

「こんな機械を動かせるなんて、蒸気にはどんな力があるのですか?」

「蒸気には押し上げる力があるだけです」

「そなたは私を愛しているか?」

東宮殿の設書は答えなかったが、世孫は答えを聞いたと思った。

蒸気機関の発達した李氏朝鮮の五百年の興亡。その裏にはひとりの蒸気駆動の男、汽機人の〈都老〉がいた。王とその右腕として寵愛を受けた汽機人の愛憎と時間を描くイ・ソヨン「知伸事の蒸気」。秘密を共有する奴隷と主人の歪な関係を描いたパク・エジン「君子の道」。山奥にいる鍛冶師夫婦の話キム・イファン「「朴氏夫人伝」」。とある呪術師が遺したものと守ろうとしたものを描いたパク・ハル「厭魅蠱毒」。朝鮮王朝における蒸気機関の立ち位置と迫害のはじまり、チョン・ミョンソプ「蒸気の獄」。韓国のSF作家五人が描く、スチームパンクアンソロジー。バリバリのスチームパンクや改変歴史を想像していたら、民間信仰や呪い、あまりに苛烈な権力争いといった、李氏朝鮮の歴史の陰みたいなものをバリバリと描いているのはちょっと驚いた。派手さや華やかさは薄いのだけど、むしろ重厚な歴史アンソロジーとして、SF外のひとほど楽しめるのではないかと感じた。個人的にはまったく詳しくないのだけど、韓国ドラマの定番ネタや新解釈も多いらしいので好きな方もぜひ。良かったです。