芸術は本来、人間にとって不要なものだと思う。音楽を聴いても腹は満たされないし、本を読んでもいずれ眠気はやってくるし、絵を眺めなくても人は死なない。それでも無形文化として伝わってきたのは、きっと絵を描かなきゃ死んでしまう人間が一定数いるからなんだろうなって思う。あたしもそのひとりで、そんな人間に生まれてしまったのは損だなぁと思う。
芸術や芸能の道を志す学生が集められた、私立朱門塚女学院。とある事情からこの高校に女装して通っていた花菱夜風は、一度も学校に姿を見せなかった謎の生徒、橘棗と出会う。誰にも真似のできない描写と色彩感覚で日常を描き、すでにプロとして活動していた棗は、大きな欠点を抱えていた。
「だからあたしは生きるのが下手だ。自己表現の手段を絵しか持たないから。あたしの言葉は湾曲するからうまく他人に伝えられない」
孤独な少女は自分と世界を繋いでくれる絵筆に出会う。その道では天才と呼ばれながら、言葉で他人とコミュニケーションを取ることができず、普通の高校生活を送ることを望んでいた不登校少女。因習に囚われた旧家で育ったがゆえに普通の高校生活を知らず、姉に代わって高校に通うことになった女装少年。「普通」を知らなかったふたりが出会い送る学園生活。
キャラクターとして確立されながらも、人間の解像度が高いというのかな。「発達障害」や「アスペルガー症候群」という言葉をちらつかせつつ、当事者間では「天才」という比喩は使わない。言いたいことを情報のように一方的に話す少女の語り口には強い説得力があった。ふたりの見えるものの違いと、その違いを形にして生かした文化祭の出し物も良かった。創作論の話と思って読み進めたのだけど、創作がなければ社会で居場所がなく生きることができない天才、ひいては人間の話だった。インターネット界隈や何人かの知人の顔が浮かんだ。できれば多くのひとに読んでほしいな。