カズオ・イシグロ/飛田茂雄訳 『浮世の画家』 (ハヤカワepi文庫)

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

舞台は 1948 年から 1950 年,戦後間もない時期の日本.戦時中に国民を鼓舞する画風で大きな名声を成し,今は引退した老画家の述懐.
慌ただしく変化する社会や価値観を,老画家小野の現在と半生の記憶に重ね合わせて描き出す.一人称で静かに語られる物語は現在の娘たちとのやりとりと,その合間,ちょっとしたことから過去を振り返るモノローグから成る.誰に聞かせるでもないモノローグだけあって,記憶の中の出来事はとりとめなくあっちこっちへ跳ぶのだけれど,それがまったく理解の妨げにならない.立体的に時代を語っていた.風景の描写も素晴らしく,見たことのないはずの光景がものすごく自然に目に浮かぶようなそんな.なにより強調して言いたいのはテキストそのものの美しさか.「飛田訳のすごさ」をいち読者として実感しました.