天野邊 『プシスファイラ』 (徳間書店)

プシスファイラ

プシスファイラ

紀元前 8000 年代,知性と言語を高度に発達させたクジラたちは,水を媒体(メディア)としたネットワーク社会を築きあげていた.物語はフォーラムに投稿されたある童話──言葉はなぜ誕生したのかを描いた──に盗作疑惑が浮上した場面から始まる.
第 10 回日本SF新人賞受賞作.クジラ社会のかたちと盗作騒動の顛末を描いた第一章「ある童話」.民族主義から発生したふたつのプロトコルの戦い「最終戦争」.人類とクジラのファーストコンタクトから,完全プロトコルが導く遠い遠い未来の出来事,「ジンテーゼ」の三つの章から成る遠大な物語.クジラ同士のコミュニケーションに既存のネットワーク用語をあてはめて表現する試みは面白いと思うんだけど,いかんせん読みにくいうえにイメージが広がらない.既存のネットワークの枠組みに,包括的な「コミュニケーション」をきっちり当てはめようとしすぎたために,窮屈な印象が強くなってしまったのではないかと思うがどうか.転じて最終章のスケールと時間の加速は良くも悪くも凄まじかったのだけど.それにしても,天文学的な時間の経過を表現するのにわざわざ「年」を使うのはなんでなんだろう.