マーゴ・ラナガン/佐田千織訳 『ブラックジュース』 (河出書房新社)

ブラックジュース (奇想コレクション)

ブラックジュース (奇想コレクション)

それの背後で不意に夜が、より巨大に冷たく鮮明になった。すべての星が急に音を立てて動き、山がキラキラ輝き、町や村が谷の割れ目や海岸沿いに、発光するカビのように集まった。牛小屋やウサギ穴のなかの動き、木の葉と木の葉がこすれる動き、土壌や流れのなかの微生物の動き、あらゆる動きが向きを変え、きらめき、薄い層を成すように重なりあって、全世界が途方もなく凝った形にきっちりと編み合わされながら、それでいてこぼれ出し、あらゆる方向にほどけていく。実に華々しい生と死の浪費だ。

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世界幻想文学大賞受賞の,オーストラリア生まれの作者による全 10 篇の短篇集.どのジャンルとも直接は結びつかない,かつ日常から少し離れた光景が多く描かれている印象.それだけに分かりにくい描写も多かったけど,はまるとその幻想的な風景に気持ちよく酔えるでしょう.みたいな.
「沈んでいく姉さんを送る歌」はタール池に沈められる刑罰を受ける姉の最期を,家族全員で見送る話.滅多にないご馳走を家族で食べたり,歌を歌ったりする静かで残酷な光景.
「赤鼻の日」.雨がぱらつく日,〈道化師競技会〉から出てくる赤鼻の道化師たちを次々狙撃するシーンがすげー強烈すぎる.
「融通のきかない花嫁」はある女性が受けた〈花嫁学校〉の卒業試験の様子.「赤鼻の日」と似たワンアイデア勝負の短篇だけど,「融通のきかな」さが「赤鼻の日」とはまた違う味を出している.
「俗世の働き手」は祖父母と暮らす少年が腐った臭いを放つ不気味な天使たちに会う話.これ好きだなー.気持ちの悪い天使の存在に想像力が掻き立てられる.
「春の儀式」.病気の弟に代わり,荒れ狂う嵐のなかで春を呼ぶ詩句を唱える少年.せつない.