マリーナ・レヴィツカ/青木純子訳 『おっぱいとトラクター』 (集英社文庫)

おっぱいとトラクター (集英社文庫)

おっぱいとトラクター (集英社文庫)

「そりゃあヴァレンチナは、生きてる時代が違うしな。あいつは大昔のことはもちろん、ちょっと前の時代のことだって知らないんだ。なにせブレジネフ時代の申し子だからね。ブレジネフ時代ってのは、過去をすべて葬り去って西欧化すること、これが国是だったんだ。国の経済を活性化するためには、国民はじゃんじゃん新しいものを買わにゃならん。旧弊な考え方はさっさと捨てて、新たな欲望を速やかに根づかせにゃならんてね。あいつがのべつ幕なし、モダンなものを買いたがるのはそのせいさ。あいつが悪いんじゃない、戦後のものの考え方がそうだったんだよ」
「だからって父さんを虐待していいってことにはならないわよ。こんなひどい扱いをされて、いいわけないでしょ」
「美しい女性なら、なにをしても許されるんだよ」
「ちょっと、パパ! いい加減にしてっ!」

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母親が亡くなって二年.ウクライナ出身で 84 歳になる父親ニコライが,ウクライナからやってきたバツイチで 50 歳年下の美女と再婚すると言い出したからさあ大変.ニコライの娘ナジュジェダは,母親の遺産をめぐって冷戦状態に陥っていた姉ヴェーラと一時休戦し,ウクライナの巨乳性悪女を追い出すべく画策する.
ハチャメチャな巨乳女と娘姉妹がおとんを挟んでうなりをあげる.ウクライナ生まれの両親を持つ作者の自伝的小説.あらすじだけ読んで,ウクライナソ連の歴史を絡めた「ちょっといい話」なのかなーと思ったらこれがとんでもなかった.やー,登場人物がみんなやたらキュートで,すんげーパワフルなんだ.色気にほだされて娘と嫁の間でオロオロするおとんもそうだし,やたら下品で田舎くさい嫁のヴァレンチナや,「ビッグ・シスター」と恐れられる姉のヴェーラの迫力がすごい.出来れば近寄りたくないファミリーではあるんだけど,読んでいくうちにだんだん感情移入というか,不思議と愛着が湧いてくる.味のある訳も楽しい.良い人情ものでありました.