シギズムンド・クルジジャノフスキイ/上田洋子・秋草俊一郎訳 『瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集』 (松籟社)

瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集

瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集

「あなたは、〈事実無根〉とおっしゃる。まったくそんなことはない。われわれ作家は物語を書くが、文学史家、それを歴史に入れるか入れないか、扉を開くのか閉ざしてしまうのかを掌握しているその彼らも望んでいる、わかります? 望んでいるんですよ、物語について物語ることを。ほかにどうしようもないでしょう。だから、一〇語で言い換えることのできる、物語るのに都合のいいものが扉の中にもぐり込んでいく、そうでしょう、だが、に関してなにも提示することのできない書きものは、とり残されるんです……無の中に。ですからほら、ちょっとやってみてください、あなた……」

しおり

1887年キエフに生まれ,ペレストロイカ期に「再発見」された作者の短篇集.『未来の回想』(感想)がとても読みやすかったので,その感覚で読んでみたら思いのほか難解だった.部屋を広くすることのできる塗り薬「クヴァドラトゥリン」と,自分の肘を噛むことに人生を賭ける男が国家にもたらしたものを描く「噛めない肘」が良かった.文学や詩について語る「しおり」「支線」「瞳孔の中」に住む小さな住人が語るラブロマンス論も妙な味.