神西亜樹 『東京タワー・レストラン』 (新潮文庫nex)

東京タワー・レストラン (新潮文庫nex)

東京タワー・レストラン (新潮文庫nex)

「牛の美味しさに戻るけど、牛は美味しい上に無駄がないのさ。体の肉という肉に名前がついている。その上、乳まで好まれる……君たち人間は本当に乳が好きだよね。乳を欲しがる。もはや人のメスの乳より、牛のメスの乳の方を好んで摂取しているんじゃないか? もう少し同族のメスに配慮した方が良いかな、と時々思うよ」

「ご忠告痛み入ります。検討します」

どこか遠くから聞こえる音に起こされた青年,匙足(サジタリ)が目を覚ますと,そこは150年後の東京タワー・レストランだった.牛のような斑模様のあるシェフ,モウモウのために料理を作ることになったサジタリだったが,未来世界の料理はすべてゼリー状食品になっていたのだった.

ちょっと未来のお料理小説,かと思わせといて,読んでみたらホラにホラをごてごてと積み重ねて作りあげたインチキ未来史SF.……でも実は,みたいな.いろいろあって一個の共同体と化した東京タワー.3D出力されたクローンが基本となった畜産(800回に1回くらいのエラーで人間の身体構造を持った家畜が生まれる).文化的焚書坑儒によって世界から抹消されたパスタが,極東のナポリタン(パスタとして論外のため無視された)の存在によって生き延びたという歴史.詰め込みまくったユーモラスなホラと,それに付随する胡散臭いうんちくがいちいち楽しい.もともと装飾の多い文章を書くひとだったけども,それがテーマと噛み合って良い方向に働いていたと思う.特に,それほど期待していなかった料理の描写が想像以上にみずみずしくて素晴らしいんだ.

終盤に進むに連れて荒削りなところも目立っていくけど,デビュー作である坂東蛍子シリーズの雰囲気を残しつつ,ぐっと読みやすくなっている.傑作でございました.しかし,タイトルも帯も無難すぎて届くべきところに届かない可能性を考えるともったいない.君に届け.



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