犬甘あんず 『性悪天才幼馴染との勝負に負けて初体験を全部奪われる話』 (スニーカー文庫)

嫌いなものを三つだけ消してあげると言われたら、私は多分、戦争と貧困と、梅園小牧を消してほしいと願うだろう。

吉沢わかばの幼馴染、梅園小牧は完璧である。品行方正、才色兼備。だがそれは表向き。実際は、ひとを見下してばかりの性悪女だ。尊厳を賭けて小牧に勝負を挑んだわかばは見事に敗北し、ファーストキスを奪われる。

いつか誰かを好きになって、好きという感情を込めてキスをしたら。その時はきっと、キスという行為に特別な意味を持てるようになるだろう。だが、そうなってもきっと、こうして高校一年の夏に小牧としたキスのことを、私は忘れない。

忘れさせないために、キスしているのかもしれないが。

自分の存在を刻みつけるように、小牧は舌を絡ませてくる。

第28回スニーカー大賞金賞受賞作。初めてのデート、添い寝、お風呂、何回ものキス、告白の言葉。最低で最悪で、大嫌いな幼馴染にあらゆる尊厳を奪われてゆく。子供の頃のすれ違いから、あまりに歪になってしまった少女ふたりの関係を描く。感情は簡単にうつろうし、記憶はやがて薄れる。言葉はたとえ自分のものでも信用できない。これ以上ないくらい冷静に、あるいは覚めた頭で語られる主人公の語り口がすごく良かった、そしてすごく胃が重かった……。タイトルで損をしている気がしないでもない。百合クラスタはもちろん、重くて歪な関係が好きなら読んでみる価値はあるはず。ほんとう、良かったです。