比嘉智康 『覚えてないけど、キミが好き』 (一迅社文庫)

覚えてないけど、キミが好き (一迅社文庫)

覚えてないけど、キミが好き (一迅社文庫)

忘れてしまった自分のエピソードを聞くたび、自分がわからなくなる。

過去の自分の話を聞くのは、自分を知れる喜び以上に、不安と恐怖があった。

だから俺が次の言葉をおそるおそるといった口調で言ってしまうのは仕方ないんだ。

ひとつ下の妹ひなたとふたり暮らしをしている高校2年生の小衣吉足.彼は3年前に事故で両親を失ったショックから,それ以前の記憶を一部失くしていた.ある日,吉足のクラスに転校生の美少女が現れる.皆の前で吉足の元カノであると告白した転校生ゆららだが,吉足にはその記憶がまったく存在しない.

記憶にないポンコツ彼女と,ある秘密を抱えた妹と,記憶を失くした俺の,少し不思議な三角関係ラブコメ.ストーリーそのものに不穏な秘密があるようなのだけど,それ以上にラブコメ分が強く前に出ている.木を隠すなら森ではないけど,ラブコメ成分が濃厚なテキストで描かれる,クラス内のドタバタや女の子のポンコツ具合が楽しい.見せたいものがはっきりしているというのかな.個人的にしっくり来ないところもあったけど,続きが気になるので2巻も読みたいと思います.

屋久ユウキ 『弱キャラ友崎くん Lv.5』 (ガガガ文庫)

弱キャラ友崎くん Lv.5 (ガガガ文庫)

弱キャラ友崎くん Lv.5 (ガガガ文庫)

「たまちゃんって、クラスのみんなに、興味ないよね?」

クラスで浮いていたたまちゃんのため,師匠を引き受けることになった友崎.自分が重ねてきた努力とノウハウをたまちゃんに伝授していくが,日南はなぜかそれを快く思っていないらしい.少しずつ状況が変わっていくなかで,やがて決定的な場面が訪れる.

まっすぐな自分を持つが故にクラスから浮いてしまった少女がいるとして,彼女とその周辺と,どっちが変わるべきか.弱キャラに強キャラの弟子ができたよ,というシリーズ六巻.まあ,師弟関係とはだいぶ違うと思うんだけれど.似たところがあるからといって,同じようにやってうまくいくとは限らないよ,という当たり前のことを地道に一歩ずつ描いている.

後半で描かれる「巧妙に計算された悪意による、壮大なマッチポンプ」の表現にはなかなかぞっとくるものがあった.短い中でこれだけの「空気」を描ける作家はなかなかいないと思う.良かったです.

「建前があったら『攻撃』じゃなくて『罰』ってことになるんだよな」

鴨志田一 『青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない』 (電撃文庫)

青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない 青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない (電撃文庫)

青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない 青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない (電撃文庫)

嘘ではじまったふたりの関係。

なのに、気が付くと気持ちは本当になっていた。本物になっていた。

麻衣先輩に告白のOKをもらい,彼氏彼女の関係になった咲太だったが,翌朝目覚めると告白した日の朝に巻き戻っていた.繰り返す一日を観察した結果,原因は後輩の朋絵の「思春期症候群」がであるとあたりをつける.

青春ブタ野郎とラプラスの小悪魔の巻.恋人のふりが本当の恋になるという,恥ずかしくなるくらいの青春もの.「青春ブタ野郎」というタイトルがこれ以上なく相応しい.SF的な小道具と温度低めの語りが,うまいこと肩肘張らないアクセントになっていたと思う.ひとのおすすめで読みはじめたけれど,だんだん楽しくなってまいりました.

西塔鼎 『エレメンタル・カウンセラー ―ひよっこ星守りと精霊科医―』 (電撃文庫)

エレメンタル・カウンセラー -ひよっこ星守りと精霊科医- (電撃文庫)

エレメンタル・カウンセラー -ひよっこ星守りと精霊科医- (電撃文庫)

「精霊っていうのは、簡単に言ってしまえば『人格を持った自然』です」

自然の管理者である精霊との対話と生業とする星守りの少女,ナニカは,白衣をまとう奇妙な男,オトギと出会う.「医者」と名乗るオトギは,精霊を蝕む奇病,「精霊病」を「こころの病気」と呼んで治すことができると言い放つ.ひよっこ星守りのナニカは,元の世界へ戻る手立てを探すオトギとともに旅に出ることになる.

「エレメンタルへのメンタルケア」をテーマに,サイコドクターが異世界で旅をしながら大暴れ.いわゆる「八百万の神」の概念が「精霊」に置き換わり,より身近になった異世界のファンタジー.いかにもな異世界ファンタジーのあれこれに,既存の医学用語や薬品名を当てはめているのだけど,単に置き換えただけでかなり安直に感じる.それ以上に気になるのが,話の構造上,初対面の精霊がほぼ例外なく精神を病んでいること.読んでいて気が滅入って仕方なかった.メンタルをテーマにした(ついでにこの世界の精霊は体の病気にはかからないという設定にした)時点で必然だった気がしてならないのだけど,もう少しやりようがなかったものか.

七村謙 『FEATHER ~世界は、ひとつじゃない。~①』 (ブループレス)

FEATHER ?世界は、ひとつじゃない。? ?

FEATHER ?世界は、ひとつじゃない。? ?

「こちらが、今回の手続きを説明した書面です。私たちは新世界の手引き、と呼んでいます。詳細は読んで頂きたいのですが、簡単に言うと、バド・マイヤーズさんは、今日から60日後に、この世界線から姿を消します」

舞台はベルギー,ブリュッセルのインターナショナルスクール.夏休みの自由課題のため,チームを組んだ6人の少年少女たちは,自動車部品工場で研修を受けることにする.その敷地内に設置された「プロトタイプ改」という巨大な金属の球体が,彼らの運命を大きく変えることになる.

無料配布イベントが一部で話題になった*1SF長編第一巻.元経営コンサルという経歴を生かし,「シュタインズ・ゲート」に会社経営を組み合わせたような話になっている.正直あまり噛み合わせは良くないし新鮮みも薄い.登場人物はほぼ全員天才か天才レベルに頭が良いため話は早いのだけど,テキストはとても読みにくい.三人称なのにセリフで説明したがるくせがあり,とてもストレスが溜まる.

それでも想像してたよりは突っ込みどころが少ない方かな……,と思っていたら地の文に「母から教わったウル覚えの手順」という表現が出てきて頭を抱えてしまった.致命的な誤字がちょくちょくあったり,ナカグロの使い方がおかしかったり,編集者が仕事してるんだろうかと思えるところがとても多い.読み終わってみるとやりたいことはなんとなくわかるんだけど,形にするのは難しいよね,という.全九巻を予定しているとのことで,ぜひ頑張っていただきたいと思います.