周藤蓮 『賭博師は祈らない⑤』 (電撃文庫)

賭博師は祈らない(5) (電撃文庫)

賭博師は祈らない(5) (電撃文庫)

『喉を焼かれたくなかったです。痛かったです』

「だろうな」

『この国で、ひとりぼっちで、辛かったです』

「ああ」

かさぶたを剥がすような言葉。リーラの表情は変わらないのに、その目尻からつうと涙が一筋流れ落ちた。

『もの扱いされて、嫌でした。嫌です』

過去として書かれた言葉は、現在のものとして訂正されていた。

「いつか、また」.街を去った友人との約束を守るため,ラザルスはルロイ・フィールディング率いるボウ・ストリート・ランナーズと協力し,ワイルド商会と全面対立することを決意する.ワイルド商会を率いるジョナサン・ワイルド・ジュニアは,より大きな権力を手にすることで街の『整理整頓』と祖父の名誉回復をもくろんでいた.

予告されていたシリーズ最終巻.ボウ・ストリート・ランナーズとワイルド商会による勢力争いの結末と,賭博師の青年と奴隷の少女がそれぞれに選んだ道を描く.押し合いへし合いするそれぞれの勢力の思惑といい,見せ場であるギャンブルの場面といい,狂気と熱と緊張感がこの一冊に満遍なく込められている.「整理整頓」をはじめとした英国の社会制度の変化,奴隷貿易の廃止という背景に「狂気と紙一重の信頼」を織り込んだ,緻密な描写が本当に良い.読めば読むだけ惹きつけられた.一貫した愛と情熱を感じる力作だと思います.素晴らしい大団円でした.



kanadai.hatenablog.jp

藤田祥平 『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』 (早川書房)

手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ (早川書房)

手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ (早川書房)

虚構の世界においては、べつに誰も死ななくてもかまわないし、全員が死んでもかまわない。重要なのは、それが完結することだ。そうすれば、私たちは運命に落とし前をつけられる。さまざまなことに意味があり、この生は無駄ではなかったと感じられる。これこそが、フィクションの魔法だ。

そして、私たちの生もそういうものだろうと、私はずっと信じていたのだ。

これをあなたにどうやって説明したものか。

『Wolfenstein』,『EVE Online』に爪痕を残したネットゲーマーにしてライターの自伝的小説.5歳でポケモンを遊び,13歳で文学に出会い,中2で『Wolfenstein :Enemy Territory』を通じてゲームという呪いに取り憑かれ,高校を中退し,大学に入り,震災にあい,母が首を吊り,憂鬱症に取り憑かれる.現実と,もうひとつの現実であるゲームだったり物語だったりをほぼひとつなぎのものとして語ってゆく.レビューの文体ほぼそのままに小説を書いており,これが思っていた以上に目が滑る.語られる内容も合わせて,たぶん,刺さるひとと刺さらないひとがはっきり別れる小説なのではないかな,と思ったのでした.

ケン・リュウ編/中原尚哉・他訳 『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

「わしはもう余命いくばくもない。あと三、四百年生きられたら御の字じゃ」

玉蓮は皿の山を床に落とした。

「そんなのもう“介護”といえないわ! あんたの介護にあたしの一生が費やされるどころか、息子も孫も、十世代あとの子孫まで犠牲になるなんて。早く死んでよ!」

劉慈欣「円」は,秦の政王と荊軻が三百万の兵を利用したコンピュータを生み出す話.暗殺者というより学者肌,というかただの数学オタクと化した荊軻が楽しくて切ない.がらっと雰囲気を変えた「神様の介護係」もまたユーモラスで楽しい.あと個人的に良かったのは,陳楸帆「鼠年」,馬伯庸「沈黙都市」,郝景芳「折りたたみ北京」,夏笳「百鬼夜行街」かな.「折りたたみ北京」(2014年発表)では,三つの階層に分かれた近未来の北京で紙幣が普通に使われている描写があって,今の中国のスピード感が見て取れるのも興味深い.

ひとりを除いて80年代生まれの,現代中国作家の手による13篇にエッセイを集めたSFアンソロジー.こんな素晴らしいアンソロジーを編むのみでなく,現代中国の小説だからといって婉曲的なメタファーやアイロニーだけに目を向けると危険だよ,もったいないよと繰り返し警告し,読み方を教えてくれるケン・リュウに感謝したい.掛け値なしに,ハズレ無しのアンソロジーだと思う.

時田唯 『恋敵(ライバル)はお嬢様☆』 (電撃文庫)

恋敵はお嬢様☆ (電撃文庫)

恋敵はお嬢様☆ (電撃文庫)

別にシンクロしてる訳ではない。たぶん、唐沢と俺の思考が無駄に似ているのが原因だ。

そりゃあそうさ。同じ相手に恋してるんだもの。

高校生の朝井正也は,入学の日に出会った同級生高倉いつみに恋をした.勇気を出して告白をしようとする正也だったが,高倉さんの友人で同級生の唐沢鈴に邪魔をされる.清楚なお嬢様で通っていた唐沢もまた高倉さんに恋をし,告白の機会をうかがっていたのだった.

会って間もない同級生と俺とお嬢様の,いびつでうまく噛み合わない三角関係ラブコメ.「お嬢様」として振る舞うことを求められ,知らず自分を抑圧してきた鈴と,そんな彼女の救いだったいつみの関係が尊い.そして,その抑圧を乗り越えたうえで,正々堂々と恋の勝負しようとする正也と鈴が潔くてかっこいい.どことなく「とらドラ!」を思い出させる設定だったけど,違った良さがしっかりある.しばらく前の作品だけど,続きも追いかけようかな.

橘九位 『シス×トラ』 (講談社ラノベ文庫)

シス×トラ (講談社ラノベ文庫)

シス×トラ (講談社ラノベ文庫)

「その子は、クリスの連れ子。名前はリディア・スヴィアインスキー、十歳。そんで、お前の妹だ」

一人暮らしをしていた普通の高校生,久道蘭丸のもとへ,ロシアから考古学者の父が帰ってきた.ロシアで勝手に再婚した父は,再婚相手の連れ子,リディを連れてきた.飛び級で大学を卒業し,七カ国語を操る10歳の天才少女は,蘭丸の生活に波乱をもたらす.

天才少女(妹)と秀才少女(同級生)の間に挟まれる俺.第2回講談社ラノベチャレンジカップ佳作受賞となるラブコメ.ストーリーの薄さをテンション高めのテキストでなんとかしようとしている印象.リディと一妃の関係の変化とか,見るべきところがないわけではないのだけど,正直なところ水増ししている感じが強く,最後まで良い印象が持てなかった.