レイ・ヴクサヴィッチ/岸本佐知子・市田泉訳 『月の部屋で会いましょう』 (創元海外SF叢書)

月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書)

月の部屋で会いましょう (創元海外SF叢書)

モリーに宇宙服が出はじめたのは春だった。ほんの一年前までは原因不明の珍しい皮膚病だと思われていたこれも、いまやすっかり流行り病になっていた。皮膚が宇宙服に変わり、やがて宇宙に飛び立ってしまう。そういう病気だ。飛び立つまぎわ、人々は必ず何か手近なものを一つつかんでいく。モリーもジャックも、治すことはほぼあきらめていた。たとえ治療法が見つかったとしても、おそらく何年も先のことだ。とても間に合わない。ジャックも発病するのは時間の問題だったが、それこそまさに、二人が話し合うのをためらっている点だった。二人ともいずれ飛び立つ。だが、いっしょには行けない。

僕らが天王星に着くころ

33篇の短篇を収録した,2001年度フィリップ・K・ディック賞候補作.奇想……と言えばその通りなんだろうけど,帯の「生真面目なふざけ方」という文句の方がしっくりくる.皮膚が宇宙服に変わってしまう奇病にかかった夫婦の話「僕らが天王星に着くころ」でしっとり始まったかと思ったら,地球に迫り来る隕石も,観測さえしなければなかったことにできるはずと,頭に紙袋をかぶって量子力学的(?)に解決を図る隕石なし(ノー・コメット)や,手編みのセーターの中にあるものを描く「セーター」といったSF的ほら話あり,鼻の下に瞬間接着剤で蛇を接着した結果wwwを描いた「ぼくの口ひげ」や一対一の命を賭けた息止め対決「息止めコンテスト」といったほんとにどうしようもない悪ふざけあり.赤ちゃんのおむつから色々なものが出てくる「排便」,「自転車」を狩って食らう集団の話「俺たちは自転車を殺す」も好み.どの作品もとても面白いことは間違いないんだけど,素直に賞賛するのはなんか悔しいというか,騙されている気がするというか.「円城塔藤野可織、木下古栗といった作家たちをそのすぐ隣に配置してまったく違和感がない」という解説にはなるほどと膝を打った.収録作品はどれもかなり短く,入り込みやすいと思うので,とりあえずさっくりと読んでみるといいかもしれないですよ.