塩崎ツトム 『ダイダロス』 (早川書房)

それでもおれは、『勝った』と言う連中と、『負けた』と言う連中の特徴をしっかりと吟味し、頭の中で整理していった。その甲斐もあり、九月の一日、おれは天啓を得た。〈勝った〉派と〈負けた〉派には、一度気付いてしまえばもう間違えようのない、明らかな特徴があった。〈負けた〉派は、ほかの同胞が砂を噛むような、塗炭の苦しみを味わっている最中でも、抜け駆けをして、敵国に尻尾を振り、汚い金を稼いでいる連中だった。奴らはこの新大陸で財産をつくった暁には故郷に錦を飾るという目的も忘れて、日銭を稼ぎ、蓄えることばかりに躍起になる、ユダヤ人のような連中だ」

1973年、ブラジル西部のマット・グロッソ州。非道な人体実験を主導したナチの生物学者を追って、ユダヤ人の人類学者アラン・スナプスタインと医師ベン・パーネイズが降り立った。アマゾンの未開の地には、敗戦を認めない日本人移民〈カチグミ〉の残党とナチの優生主義者の作った都市があった。

第10回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作。1970年代、精霊と生命の境界が曖昧なアマゾンの奥地に作られた、デマと陰謀論と優生主義のはびこる王国の興亡を描く幻想冒険小説。アル中のユダヤ人人類学者と、何者かの視点を交えてその歪な世界観が語られる。陰謀論者の身勝手な狂気は丁寧に描かれるのだけど、それ自体に特別な新鮮味があるわけではないかな。選評で言われているように、前半がちょっと長いのだけど、終盤に入ってからはノンストップでした。