石川博品 『冬にそむく』 (ガガガ文庫)

幸久は西の空を眺めた。天気がよければ富士山が見えるはずだった。

彼はここから見る景色を愛していた。夕方、空の向こうに日が沈み、残光が思いもかけぬ色に空を染めるとき、彼はいつもうつくしさに涙が出そうになった。本当ならそれを彼女にも見せたかった。どれほどことばを尽くすより、ともにその光景を見ることで自分をわかってもらえるはずだと思った。

気温が上がらない夏、九月に降る雪。一年も経たず、すっかり変わってしまった世界。この「冬」は永遠に続くのだと人々は静かに絶望していた。一面雪に覆われた砂浜に、サーファーも釣り人も絶えた神奈川県出海町。ここで育った高校生、天城幸久は、この「冬」から同級生の真瀬美波と付き合っていた。

終わりのない「冬」。雪が降り積もる氷点下十数度の海沿いの町で、ふたりは逢瀬を重ねる。変化した日常、変化した世界で描かれる静かな青春恋愛小説。生活環境も変わり、このまま世界は終わってしまうに違いないと、静かに絶望しながら高校生活を送る幸久の、それでも着実に成長してゆくさまがとても良い。当たり前のことを細やかに、ひたすらに静かに描き出すことのうつくしさみたいなものを書いた小説だったのかもしれない。とにかく静かな印象が強く残りました。