浅生鴨 『アグニオン』 (新潮社)

アグニオン

アグニオン

「私も善き世界を創りたいと考えている。それは人類にとっての善き世界でなければならない」ソールの声が熱を帯びる。「だが善き世界を創るために人類を変えるのは大きな間違いだ」

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「この感情を抑えることは無理だ」
そう。人間は、自分の意思だけで感情を抑えることなど不可能なのだ。
「個人の意思ではなく、社会の仕組みとして欲望を抑えるようにしなければならない」
そうやって、人類を苦しみや悲しみから、完全に解放するのだ。欲望が感情を生み、感情が行動を生むのであれば、逆に行動を統制することで、欲望を抑えることも可能なはずだ。

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南ガリオアの鉱山で資源採掘を生業にしていたユジーンは,機関員(アルビトリスト)になることを望んでいた.機関(アルビトリオ)が発足して百年.有機神経知能(サピエンティア)を擁し,人類を善き人(アグニオン)へと導くことを使命とする機関(アルビトリオ)は,人々に強い欲望を持つことを禁じていた.
ユジーンとヌーというふたりの少年の視点から描かれる世界が折り重なってゆく.調和がなされなかった(あるいは挫折した)『ハーモニー』,といった風情のディストピアSF.正しく伊藤計劃以後だと思う.意欲作だと思うのだけど,善き人(アグニオン)や感情の分離化(ディビジョン)などの概念に関する議論がかなり拙速で乱暴に思える.テーマとなる善き人・善き世界についても,そんなレベルの理解でいいのか? と思ってしまった.登場人物たちの行動原理もよく言えばわかりやすく,悪く言えば安直.ただ,ヤングアダルトの雰囲気があるテキストは物語に合っているし,「善き世界」というぼんやりしたものに,ひとつの形を与えようとしているのは悪いことじゃないと思う.入門編としては悪くない,のかな.