伊達康 『瑠璃色にボケた日常』 (MF文庫J)

瑠璃色にボケた日常 (MF文庫J)

瑠璃色にボケた日常 (MF文庫J)

  • 作者: 伊達康,えれっと
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / メディアファクトリー
  • 発売日: 2012/11/30
  • メディア: Kindle版
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「だから私は言ってる。君は理由付けを間違った。改めて決め直して納得してしまえ、と」

それを俺が決めていいのか。小田切の意思を、コロコロ勝手に変えていいというのか。

「いいのさ。死人には意思などないのだから。この世とは生者のものだ。死人に主張する権利などない」

高校生の紺野孝巳は,日々枕元に立つ友人の幽霊に悩まされていた.ある日,孝巳は校内にお祓い研究会があることを知る.だがその部室を訪ねた孝巳に霊能者・有働瑠璃が言うには,ここはお祓い研究会ではなくお笑い研究会であるという.

「おはらい」を求めて出かけたら「おわらい」の一員にされたでござる.第8回MF文庫Jライトノベル新人賞佳作受賞作.タイトルはこんなだけど,独特の主張を持った良い幽霊ものだと思う.この世は生者のものであり,死人は意思を持たない.生者が勝手に理由付けしているだけ,そこを間違えるな,というスタンス.それをお笑いというオブラートでくるみながら,どこか冷めた言葉で語っていく.作品のテーマの強さが,そのままヒロイン瑠璃の存在感を表している.

あらすじを斜め読みして日常系かと思っていたら,「お笑い」と「お祓い」の理由付けがしっかり取れた話でとても良かった.玄関の靴箱の上に丸六年積んで,毎日目にしながらそのままにしていたのが申し訳ない.続きも買います.

野﨑まど 『バビロン III ―終―』 (講談社タイガ)

バビロン3 ―終― (講談社タイガ)

バビロン3 ―終― (講談社タイガ)

「神様のものだから奪うのは駄目というのは、わかるよ」オリバーは考えを言葉に変えていく。「けれど納得しきれない感じもする。僕が“神様のものだから自殺は駄目だ”って説明しても、きっと友達を納得させられないと思う。なんというか、考えることをよそに押し付けた感じがするんだ。答えが出ていないのに、考えるのをやめてしまっている気がする」

“新域”で発令された「自殺法」.その影響は世界中に伝播し,新法に追随する都市が各国に現れはじめた.米国大統領は自殺の是非について話し合うべく,ニューヨークでのG7開催を決定する.その裏で,新域域長の齋開化は,自殺法を導入した都市の首長を集めた「自殺法都市首長会議」の開催を宣言する.

世界各国の首脳が集まったサミット.世界最高の指導者たちによって答えが出される「善」と「悪」の本質.それをあざ笑うかのように訪れる最悪の「終」.舞台を日本からアメリカに移して描かれるシリーズ第三巻.

時代が変われば価値観も善悪の基準も変わる,ではその根っこにあるものとは何なのか.概念的なものとは言え,変にごまかさずにひとつの答えを導き出すのがすごい.考えることに対する真摯な姿勢が垣間見える.本当に大傑作だと思います.

瀬尾つかさ 『横浜ダンジョン 大魔術師の記憶』 (スニーカー文庫)

横浜ダンジョン 大魔術師の記憶 (角川スニーカー文庫)

横浜ダンジョン 大魔術師の記憶 (角川スニーカー文庫)

すでに終電が近い時間だ。閑散とした通りを歩き、ドーム状の建物の前にたどり着く。

かつて、ここには横浜スタジアムという野球場があったという。

二十年前、その空間が、ほかの時空と重なり合った。

20年前.原理不明の時空のねじれによって,世界にいくつものダンジョンが出現した.ダンジョンから現れる怪物たちは,ダンジョンの出現と同じ時期に生まれ星繰り人(ルーンハンドラー)と名付けられる力を持つ子供たちでなければ傷をつけることもかなわない.そんな世界の横浜で,高校生の黒鉄響は,自分の星繰り人(ルーンハンドラー)の力と,前世の記憶を隠したまま生活を送っていた.

横浜に出現した横浜大墳墓の探索と,その周辺を描く前世もの.最近は異世界転生ものが強いので前世ものは珍しい,かもしれない.転生者である主人公が強く,文字通り無敵.意図してそうしているのは分かるのだけど,緊張感を維持するのが難しいし,ちと退屈だった.ダンジョン周辺の人間同士のいざこざとか,やるべきことをすべてやってて過不足はないんだけども,この一巻の時点では新鮮味もほぼなかった.

柞刈湯葉 『横浜駅SF』 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

「富士山の山頂か」

「ああ。自然の地形は三八〇〇メートルくらいまでらしいがな。駅が積もりに積もってついに四〇〇〇を超えた」

花畑の窓からも黒富士が見えた。あの山もかつては雪と土壌を露出させる火山だったという。横浜駅が増殖をはじめてから二〇〇年あまり、もはや自然の山は本州にはほとんど残っていない。

改築を繰り返す横浜駅が自己増殖をはじめてから約200年.すでに本州の大半は横浜駅に覆われていた.駅の外側で育ったヒロトは,エキナカから現れた「キセル同盟」の男から,「18きっぷ」と呼ばれる端末ととある使命を託される.

自己増殖を続ける横浜駅.その構内を行く,400キロの旅の行く末にあるものとは.第1回カクヨムWeb小説コンテスト,SF部門大賞受賞作.構造遺伝界によって自己進化した横浜駅といい,今とは違う意味を持つようになった「駅」や「駅員」,「Suika」,「自動改札機」の異様な姿やJR統合知性体*1といい,ネタの密度が恐ろしく濃い.ページをめくるたびにネタの奔流に押し流される.

単にネタを詰め込んだだけではなく,エキナカの社会やJR北日本,JR福岡,うらぶれた四国のディテールも楽しい.素直に読めばディストピアなんだけど,九十九段下の生活をはじめ妙に気の抜けたところもあり,お気楽に読めるのは良いところだと思う.とてもバカバカしくて楽しい,とても良い奇想SFでした.



kakuyomu.jp

*1:Japan Railwaysではない

宮澤伊織 『僕の魔剣が、うるさい件について4』 (スニーカー文庫)

僕の魔剣が、うるさい件について 4 「僕の魔剣」シリーズ (角川スニーカー文庫)

僕の魔剣が、うるさい件について 4 「僕の魔剣」シリーズ (角川スニーカー文庫)

色褪せ、朽ちかけようとする《夜来たる》の鋼の上を、星が駆けた。

ああ――――見よ。

三六〇〇年かけて培われてきた、神と、人と、剣の織り成すとてつもない呪詛が、黒々と世界の上に降りてくる。

夏王朝の時代に,鍛冶神,蚩尤によって仕掛けられた刕蠱は,魔剣《夜来たる》(Nightfall)と《虚数》によって成されようとしていた.魔剣《夜来たる》と遣い手吏玖の物語,完結.かっこいい来歴と名前を持ったかっこいい魔剣の戦い.三千年以上かけた呪詛.やるべきことをすべてやった,完璧な現代伝奇小説だと思う.感想を書くたびに同じことを言っている気がするけど,タイトルに騙されず手に取ってみるといいさ.