門田充宏 『風牙』 (創元日本SF叢書)

風牙 (創元日本SF叢書)

風牙 (創元日本SF叢書)

過剰共感能力。能力だって? ただの障害だ。他人と自分の五感の区別がつけられないなんて。この子は他者とまともなコミュニケーションもとれず、一生自己を確立することもできず、こうやって呆けたまま過ごすしかないんだよ。せっかく産まれてきたっていうのに、哀れなことだ。

翻訳者(インタープリタ)とは,データ化された記憶に潜行(ダイブ)して再構築と,他者に理解できるような一般化を手がける技術者のこと.過剰共感能力を持つ珊瑚は,トップの技術を持つインタープリタとして記憶翻訳を手がけていた.

第5回創元SF短編賞受賞の表題作から始まる,記憶をめぐる連作短編集.記憶によって構築される世界と,自己と他者の区別が曖昧になるという「過剰共感能力」をキーに語られる四つの物語.子供の頃の記憶に存在する犬,「風牙」.〈九龍〉と名付けられた仮想都市のアトラクションに植え付けられた「恐怖」を探る「閉鎖回廊」.過剰共感能力を持った人々が集まる施設での母との再会を描く「みなもとに還る」.そして,過剰共感能力者の家族崩壊を描いた前日譚,「虚ろの座」

特殊な生い立ちを持つ主人公,珊瑚の関西弁の語りが柔らかい.描かれる出来事にオブラートをいくつもくるませたような,不思議な読みやすさがある.最後の章ではそのオブラートが剥がされるのだが,そこにあったものは……,みたいな.テーマの柱は一貫しているのに,一話ごとにぜんぜん違う話を読んでいるかのような,読後感が違うのもまた不思議な感じ.次は長編を読んでみたいな,と思いました.

新井輝 『忘却のカナタ 探偵は忘れた頃にやってくる』 (ファンタジア文庫)

忘却のカナタ 探偵は忘れた頃にやってくる (ファンタジア文庫)

忘却のカナタ 探偵は忘れた頃にやってくる (ファンタジア文庫)

「俺もすぐ追いつく――か」

そんな彼が小さくなっていくのを見送りながら、私はその言葉を繰り返した。

気付けば彼のことを私はヒーローだと信じていた。

12階建てビルの13階にあると言われる探偵事務所,忘却社.ここには本当に助けを求める依頼者だけがたどり着けると噂されている.高校生の三倉咲夜は,友人のストーカー被害の調査を依頼しようとしてこの不思議な探偵社にたどり着き,社長代行を名乗る男,岬翼に出会う.

《固有結界》(セルフリアリティ)に侵入する能力を持つ「忘却探偵」を中心に,全員が全員わけあり,どこか危ういものと秘密を抱えた歪んだ人々の人生が新宿歌舞伎町で交錯する.スピーディな群像劇,あるいはヒーローの物語.いくつもの謎と,あちこちに埋もれた火種を残したまま,ラストまで一直線に駆け抜ける.現時点では長編小説の導入といった感じで,強く惹かれるところはなかったのだけど,面白くなりそうな雰囲気はぷんぷん感じる.期待してます.



kakuyomu.jp

紫炎 『まのわ 魔物倒す・能力奪う・私強くなる3』 (このライトノベルがすごい!文庫)

まのわ 魔物倒す・能力奪う・私強くなる 3 (このライトノベルがすごい!文庫)

まのわ 魔物倒す・能力奪う・私強くなる 3 (このライトノベルがすごい!文庫)

「私はかれこれ、もう二十年はここにいるのよ。ちょっとくらいお姉さん度が上がっても仕方がないのよ」

風音たちはミンシアナ王国の女王から呼び出される.出向いた一行を迎えたのは,ユウコ女王こと,20年の年齢を重ねたゆっこ姉だった.

異世界冒険記の第三巻.相変わらず視点がふらふら定まらないしやたら説明調ではあるけど,編年体を意識しているのかなと気づいたことで,読む上でのストレスが少しだけ軽くなった.まあ,生命の扱いがむやみに軽いのも相変わらずだし,ノルマのように必要性のないシリアスな場面を挟むのも気に入らないし,主人公たちが強すぎて緊張感がまったくない.良いところを見つけるほうが難しいのは一巻二巻と変わらない.つらいですね.

竹宮ゆゆこ 『あなたはここで、息ができるの?』 (新潮社)

あなたはここで、息ができるの?

あなたはここで、息ができるの?

こうしている間にも脳みそは顔を伝って流れ落ちてしまうし、私自身が消えていく。

そうやって失われてしまうあれこれを、私の代わりに覚えていてなんて言わない。ただ、事態が変わるまでのほんの十数分でいいから、その目を向けていてほしいだけ。私が生きてきた時間を、みんなに感じてほしいのだ。

私にも、こういう時間があったんだってことを、知っていてほしい。

たった二十歳の,どこにでもいる女の子の私は,今まさに死の瀬戸際にいた.ひとりぼっちで脳をこぼしていた私の前に現れたのは,ビームに撃たれて蒸発したはずのひとりの宇宙人.宇宙人は私に「これとは違う現実を作れ」とわけのわからないことを言う.

死の運命を回避して,愛する宇宙人と生きるため,時間の塊の先へと.竹宮ゆゆこの描く「絶対、最強の恋愛小説」.ループものの一種でもある.「世界の終末」と「宇宙人」に込められた意味は,ベタだけどさすがうまい.ものすごく狭い時空間で閉じた物語になっていることが,恋愛小説としての純粋さを強固なものにしているのかな,と思ったのでした.

鴨志田一 『青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない』 (電撃文庫)

青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない (電撃文庫)

青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない (電撃文庫)

よくやっていた。

それを疑いもしなかった。

けれど、そうした満足の裏側では、犠牲になっていたものがあったのだ。母親の存在を犠牲にして、成り立っていた合格点だった。

三月に入り,三学期も残り一ヶ月.麻衣先輩の卒業式当日に,七里ヶ浜の海岸で咲太は子役時代の麻衣先輩そっくりの小学生に会う.一方,離れて暮らしている父親から,長いこと入院していた母親が咲太と花楓に会いたがっているとの連絡が入る.

一年間の物語に大きな区切りをつける,シリーズ第九巻.うまくやっているつもりだった家族の中で,犠牲になっていたものがあった,ということに気付いたこと,和解しようとしたこと.主人公が少年のライトノベルで,母親との軋轢や和解を正面から描いたものは珍しい気がする.「最近のライトノベル」と言われるあれこれへの,ある種のカウンターみたいな意識もあるのかな.初期からは想像できない姿に成長した,というかすっかり涙もろくなった咲太を,「良かったね」みたいな目で見ることになるとは思わなかったよ.大学生編も楽しみにしてます.