深見真 『バイオハザード ヴェンデッタ』 (角川ホラー文庫)

バイオハザード ヴェンデッタ (角川ホラー文庫)

バイオハザード ヴェンデッタ (角川ホラー文庫)

人間の三大欲求のうち、ゾンビには食欲だけが残る。

ゾンビは眠らない。

性欲が残らないのはなぜだ?

実験のためにね、性欲を残したゾンビを作ろうとして……上手くいかなかった。

リビングデッドとはなんだ?

死者がよみがえるとはどういうことなんだ?

レベッカ・チェンバースが国際指名手配犯グレン・アリアスに拘束された.アリアスの目的は,ウイルスによるバイオテロを起こすこと.Bioterrorism Security Assesment Alliance(BSAA)のクリス・レッドフィールドとDivision of Security Operations(DSO)のレオン・S・ケネディはテロの阻止とレベッカの救出のためニューヨークへと向かう.

脚本家自らによる,同名映画の小説化.起承転結のくっきりした,アクション小説のお手本のような小説だと思う.導入はジャレド・ダイアモンドとサルトルのエピグラフから始まり,レヴィ=ストロースやJ・G・バラードを例に引きながら,人類社会に潜む邪悪や構造的な欠陥について,そして人類の存在について詳らかにしてゆく.アクションシーンももちろんお手のもの.小道具から思想まで,描かれるひとつひとつがピシッと決まっており,スタイリッシュでかっこいい.「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」と全編通して問われているかのような.バイオハザードに触れるのは初代ディレクターズ・カット以来でしたが,ちょう楽しかったです.

島武司 『俺と彼女の週間戦争①』 (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

俺と彼女の週間戦争 (1) (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

俺と彼女の週間戦争 (1) (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)

お父さんの体中から、真っ赤な蒸気が吹き出した。僕の肌まで焼けそうなほど熱い、血の蒸気を吹き上げて、お父さんは蒸発するように形を失って……跡形もなく消えた。

蒸気になったお父さんは、火災報知器に吸い上げられて、ジリジリとサイレンが鳴り始めた。

一週間に一度,世界にはふたりの少女が現れる.世界を破滅させる力を持った少女たちは魔王と呼ばれ,畏怖されていた.破滅を防ぐ方法は,ひとりの魔王がもうひとりの魔王を殺すこと.

10億人の命とユーラシア大陸を一瞬で消し去った未曾有の大災害で両親を失った少年は,魔王への復習を誓う.その手段は,魔王の少女と擬似カップルになることだった.設定は面白いし,緊張感はしっかりとあるんだけど,いくらなんでも考証が甘すぎる.10億人と大陸がひとつ消えてから3年しか経っていないのに問題なく社会機能が維持されているし,世界をかけた戦いが一週間後にあるのに学園ものしてるしデートもしてるし.章ごとのテンションというかリアリティラインの落差が激しくて耳がキーンとなりました.

奥村惇一朗 『イー・ヘブン』 (講談社ラノベ文庫)

イー・ヘブン (講談社ラノベ文庫)

イー・ヘブン (講談社ラノベ文庫)

俺には肺がない。心臓もない、脳もない。そのうえ生前の記憶すらない。あるのはこの1年分の記憶と、この心だけだ。その1年間の人生と、努力と、シオと過ごした時間、全てを否定された気分だ。

そんなの、あんまりじゃないか……。

目が覚めると,レイジは知らない部屋にいた.そこは,電子的に造られた人工の死後の世界,「イー・ヘブン」.それから一年.失われた記憶とこの世界の謎を求めて,レイジは冒険を続けていた.

RPG風に構築された,魂を持たないアップロード生命たちの世界.そこに隠された謎と記憶.第4回講談社ラノベチャレンジカップ佳作受賞作.手堅くまとまった冒険ものといった風情.ネットゲーム風だけど,ゲーム的なところがあまりない(そもそもゲームではない)のは印象が良い.ただし,SFとしてはオーソドックスすぎてそれほど乗れなかった.肉体を失ったアップロード生命を,人工的な肉体にダウンロードする,みたいな話も少し触れるけど,一巻では触れる程度.よく言えばまとまった,意地悪な言い方するとおとなしいSFファンタジーでした.

小川哲 『嘘と正典』 (早川書房)

嘘と正典

嘘と正典

「同じ問いを、共産主義に当てはめてみましょう。現在の共産主義思想は、マルクスとエンゲルスが共同で書いた『共産党宣言』が元となっています。マルクスとエンゲルスのどちらかがいなかったとして、共産主義は存在していたでしょうか?」

零落したマジシャンの父が,最後に披露した時間マジックの仕掛けを描く「魔術師」.末期がんの父が馬主クラブに遺したたった一頭の馬をめぐる歴史「ひとすじの光」.過去を何度も「抹消」することで未来を手に入れようとしたあるドイツ人の話「時の扉」.音楽を「貨幣」や「財産」として管理している,フィリピンのある島の物語「ムジカ・ムンダーナ」.虚無が通り過ぎ,「流行」が消え去った世界を描いた「最後の不良」はこの中では異色の短編.表題作「嘘と正典」はCIA工作員が共産主義の消滅を目論み歴史への戦争に挑む.

描かれるのは「歴史」と「時間」.あと父親との関係が多く書かれるのは意図的なものなのかな.帯には「SFとエンタメ」を謳っているけれど,それ(だけ)を期待して読むと良い意味で裏切られることは必至.強い余韻を残す中短編集になっている.「魔術師」は下のリンクから無料で読めるので,ぜひ読んでみてくださいな.



www.hayakawabooks.com

広重若冲 『ぜんぶ死神が無能なせい』 (講談社ラノベ文庫)

ぜんぶ死神が無能なせい (講談社ラノベ文庫)

ぜんぶ死神が無能なせい (講談社ラノベ文庫)

「もう、いや! 二度と羊肉は食べないと誓うから、許してほしいわ!」

おれは未樹を降ろした。「未樹、お前は羊肉なんか食べたことないだろ」

「そうだったわね。もし生き残ったら、羊肉を食べまくってやるわ!」

ある日の夜中.狭間孝一の部屋をノックしたのはひとりの見知らぬ幼女だった.死神を自称する幼女ラノ子は,孝一の余命が手違いであと6時間しか残っていないことを告げる.当然ながら死にたくない孝一は,幼女のアドバイスに従い朝までの行動を開始する.

第4回講談社ラノベチャレンジカップ佳作受賞作.ツッコミ不在の川岸殴魚のような,下品でない木下古栗のような,言葉では表現しにくい不思議なテンションのシチュエーションコメディ(?).リアルタイムに進行する話のスピード感と,ぬるっとした温度のギャグに,何だこれは……となっているうちに終わっていた.読み終わってからまずしたことは続きをポチることでした.自分では面白いともつまらないとも断言しにくいのだけど,かなりなワンアンドオンリーなのではないでしょうか.