ひなちほこ 『特殊能力統轄学院 叛逆の優等生と悪魔を冠する少女の共犯契約』 (MF文庫J)

妄想を具現する《観測者》は、世界に対して意図的な誤認を繰り返す。

故に、エスカレートし過ぎると彼女たちは『還るべき現実』を見失ってしまう。

現実と観測の区別が付かなくなり、どこまでが観測による現象なのか、世界が本当はどんな法則で成り立っていたのか――解らなくなってしまうのだ。

特殊能力統轄学院.妄想を具現化する力を身につけた少女たちである《観測者》(アルテフェクス)を保護し,養成する名目で人工島に設立された,強制収容施設.日常を奪われた学院に,ある目的で潜入した仮採用監理官の紫門は,「アスモデウス」の名を持つ少女と《仮契約》をすることになる.

第15回MF文庫Jライトノベル新人賞佳作.叛逆の優等生と悪魔の名を冠した少女.再会と復讐のため,ふたりは共犯関係を結ぶ.やけに古めかしい印象を受けたのは,言葉使いと固有名詞のせいかなあ.「まぢ」をはじめとした話し言葉とかPDA(他に適当な言葉がないのもわかるが)とかルビの使い方とか,テキストの温度がいきなり変わるところとか.そこまでの前提をすべてひっくり返すような,終盤の種明かしは評価できるし好きなのだけど,そこまでにたどり着くまでがひたすら長く感じた.

葉月十夏 『天象の檻』 (早川書房)

天象の檻

天象の檻

  • 作者:葉月十夏
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 単行本

シャサの面に憤りはなかった。ただ、心底不思議そうだった。

「心身を蘇らせ、新しい世界に生きる。そのようなことを言っていたな。だがそこで、おまえは何をするんだ」

シャサは責めるような物言いではなかった。その声はひたすら、穏やかだった。

「今生を生き抜く心のない者が、次の世で、いったい何をしようというんだ」

十二の系から成り立つ大地.ある日,系から隔絶されたアタの場が何者かに襲撃される.生き残った少女シャサは,集落に迷い込んだ「暁」の少年ナギと協力して,さらわれた仲間を探しにまだ見ぬ世界へと旅に出る.

人と神の間に生まれた神人が支配し,共に暮らす黄昏の世界.少年と少女の冒険の旅が,やがて世界の成り立ちへとたどり着く.第7回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞のファンタジー.別々の社会で成長した,価値観のまったく異なるふたりの出会いや,この世界がどういうものなのかだんだん明らかになっていく過程はわくわくするのだけど,全体で見るとオーソドックスなファンタジーなのかな.選評と同じ感想になっちゃうけど,もうちょっとブラッシュアップされていれば感想が違っていたのかな,という気がした.

さがら総 『教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 6時間目』 (MF文庫J)

教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 6時間目【電子特典付き】 (MF文庫J)

教え子に脅迫されるのは犯罪ですか? 6時間目【電子特典付き】 (MF文庫J)

  • 作者:さがら総
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: Kindle版

褒めそやされてばかりでは、どこにも降りることができない。

ふくらむ一方の巨大な才能は、だれに割られることがなくとも。少しずつ、地上より離れて飛んでいく。紐の切れた風船のように。

「ご覧ください、天神先生。もうすぐわたし、月にだって手が届きそうです」

星花は天を仰いで嘯く。

だれも近づけない孤高の月が、伸ばした指の近くに浮かんでいる。無数の星々とは比べるべくもない、絶対的な夜の女王。

その周りには、虚無的なまでに広大な無限の闇が隠れている。

夏,中学受験へ向けて佳境の季節.講師の天神は生徒の退塾騒動に翻弄されていた.母親たちの問題やSNSにアップされた「悪意」に端を発すると判断した天神は生徒たちを集めてネットマナー講座を開くことにする.

誰にも手が届かない才能を持つ本物の天才少女.己には手が届かない,天才を殺すために小説を書くことを決意する少女.自分には何も才能がない,何者にもなることができないと諦める少女.「才能という悪魔」に翻弄される,少女たちと塾講師兼業小説家の物語,第六巻.才能がないことは罪なのか,才能がなければ何者にもなることができないのか.逆に,誰も近づけないほどに巨大化した才能は,ひとりでどこへ行ってしまうのか.「才能」が人間に,人間関係にもたらすものを,手を変え品を変え描いている.

モーツァルトとサリエリのようになりそうだった星花とヤヤの関係も穏当な方向に行きそうだし,自分を誰かと比較しては自信を失っていた冬燕にもひとつの答えが提示されたし,転換点になる巻なのかな……とちょっぴり思うものの,それだけで終わるとは到底思えないのは,作者に対する信頼(?)の証,なのかな.次回も楽しみにしてます.

月見秋水 『世界一可愛い娘が会いに来ましたよ!』 (MF文庫J)

世界一可愛い娘が会いに来ましたよ!【電子特典付き】 (MF文庫J)

世界一可愛い娘が会いに来ましたよ!【電子特典付き】 (MF文庫J)

  • 作者:月見 秋水
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/25
  • メディア: Kindle版

「今は信じなくてもいいです。でも……本当に、ほんの少しでいいから私が娘であると思ってくれたら、私はそれだけで十分です。ここでお父様に会えただけでも、私は……」

高校生,久遠郁の前に,同い年くらいの女の子,燈華が現れる.郁の娘を自称する燈華は,母を喪った郁に「好き」の気持ちと「愛」の重要性を教えるため,そして「ママ探し」をするために未来からやってきたのだという.

お父様は高校二年生.未来のママは三人の幼なじみのなかにいる? 第15回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞受賞のラブコメ.主人公の娘でありヒロインでもある燈華がとてもかわいいのが良い.セリフの大半にビックリマークがつくタイプの元気なアホ娘でありながら,ときどきとても健気な姿を見せる,という.強い存在感で未来の父親と物語そのものを力強く引っ張っていた.キャラクターと勢いのあるギャグで,ストーリーの細かい瑕疵を押し流すことに成功している.粗いところもそれなりに多いけど,とても好きなタイプの小説でした.

鶏卵うどん 『かまわれたがりの春霞さん 隣の席のあの子は俺の嘘が好き』 (MF文庫J)

かまわれたがりの春霞さん 隣の席のあの子は俺の嘘が好き (MF文庫J)

かまわれたがりの春霞さん 隣の席のあの子は俺の嘘が好き (MF文庫J)

  • 作者:鶏卵 うどん
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/11/25
  • メディア: 文庫

退屈極まりないと思っていた学校が実は波乱万丈なドラマの舞台で、すれ違うだけの人々にも素敵な物語があることを、彼のつぶやきが教えてくれた。

気がつくと、わたしの世界は変わっていた。

見るものすべてが鮮やかに色づき、耳に入る音すべてがメロディーに聞こえる。

ようするに、わたしは彼に恋をしたんだ。

SNSで嘘を流すことが趣味の高校生,卯曽月の前にある日,正しい嘘を世に広めるためにやってきたという嘘の妖精,デビが現れる.命の恩人である陸上部の同級生に片思いしていた卯曽月は,デビに協力して様々な嘘をつくことにするが,隣の席のクラスメイト,春霞陽はなぜか彼の嘘をすべて本当だと信じているらしい.

第15回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞の学園ラブコメ.誰もがみんな,誰かのことを思って嘘にもならない嘘をつく,みたいな? 人魚姫をモチーフにした後半の話の組み立てはきれいで良かったと思うし,嘘で成り立つ三角関係は悪くない.しかし「ウソポイント」が便利すぎるのはいかがなものか.コメディにしてもリアリティレベルがふわふわしていて,個人的には悪くないと思うし深く考える必要もないんだろうけど,なんだろう,言葉にしがたい読後感でした.