手代木正太郎 『むしめづる姫宮さん2』 (ガガガ文庫)

むしめづる姫宮さん 2 (ガガガ文庫)

むしめづる姫宮さん 2 (ガガガ文庫)

  • 作者:手代木正太郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2020/01/17
  • メディア: Kindle版

今は自分はひとりぼっちだけど、どこかで誰かとつながっている。

「何かがあったら」駆けつけてくれる誰かがきっといる。そう信じていた。

その日――二〇一一年三月十一日、十四時四十六分。その「何か」が起こった。

とある夏の夜.虫を探して山を歩いていた凪は,ホタルのように体を光らせる少女に出会う.

東北のとある町を舞台にした「ヒトと虫の魂が織りなす、とある青春の物語」.「ありんこ」こと有吉羽汰と,引っ込み思案の虫好き少女,姫宮凪の,不器用な青春未満の関係を描くシリーズの第二巻.しみじみとよかった.基本的に後ろ向きで,どこかを向くだけでもエネルギーを使うようなふたりではあるけれど,それぞれ着実に進んでいるのが見て取れる.出番は多くないのだけど,大人に存在感があるのもいい.自分と他人の「同じ」部分につながりを求めるのではなく,圧倒的に多い「違い」につながりを見い出すんだ,というアドバイスは,大人の自分にも感じ入るものがあった.前シリーズとは対照的な印象の作品ではありますが,同じように傑作になる予感がひしひししております.



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SOW 『ワトソン・ザ・リッパー ~さる名探偵助手の誰にも話せない過去~』 (LINE文庫エッジ)

ワトソン・ザ・リッパー ~さる名探偵助手の誰にも話せない過去~ (LINE文庫エッジ)

ワトソン・ザ・リッパー ~さる名探偵助手の誰にも話せない過去~ (LINE文庫エッジ)

  • 作者:SOW
  • 出版社/メーカー: LINE
  • 発売日: 2020/01/08
  • メディア: 文庫

「ジョン・H・ワトソンというのはどうだ? いかにも平凡だが、温厚で誠実そうな、どこにでもいそうな名前だろ」

19世紀末,日の沈まぬ大英帝国の中心,ロンドン.産業革命によって社会のあり方を一変させた大帝国の首都は,ジャック・ザ・リッパーと呼ばれる昏い影を背負っていた.今宵は誰も知らない連続殺人鬼の真実について語ろう.語り手は,この時代を象徴するもうひとりの有名人,シャーロック・ホームズ.

舞台はロンドンのホワイトチャペル地区.正体不明の切り裂きジャック対ヴァチカンの悪魔狩りに,霧の夜を闊歩する謎の蒸気甲冑,さらにはホームズとワトソンの出会いと,19世紀末のロンドンオールスターを取り揃えた底抜けエンターテイメントとなっております.やりたい放題やりつつも,なんだかんだと確かな知識がベースにあることがわかる.そのため安心して楽しめるし,ブリカスの最低さもよくわかる.あらすじや固有名詞に引っかかるところがあるなら読んでみていいのではないでしょうか.

伊崎喬助 『董白伝 ~魔王令嬢から始める三国志~』 (ガガガ文庫)

董白伝~魔王令嬢から始める三国志~ (ガガガ文庫)

董白伝~魔王令嬢から始める三国志~ (ガガガ文庫)

  • 作者:伊崎喬助
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2019/12/18
  • メディア: Kindle版

侍女と目が合った。

それはほんの一瞬のことであり、侍女はすぐに顔を覆って泣き崩れてしまう。

だが、その一瞬で俺に向けられたのは、刺すような憎悪。

俺は理解した。董卓とその一族が、これまでどうふるまってきたか。周囲の人間をどれだけ恐怖させてきたか。あの董卓を見たあとだから、簡単に想像がついてしまう。

城川ささね,30歳.口の悪さが災いして会社をクビになった無職の城川は,中華街の謎の占い師によって董卓の孫娘,董白に転生させられてしまう.このままでは董卓とともに死罪は確定.社会人の経験と三国志の知識をもとに,デッドエンドを回避すべく,幼女董白ちゃんは頑張るのだった.

三国時代を舞台にした転生幼女ファンタジー.董卓に孫娘がいたのは知らなかったけど,三国志オタク界隈では珍しいものでもないらしい(とあとがきにあった).テーマ的にはそれほど珍しいものでもないと思うのだけど,ディテールはしっかり描かれていると思う.董卓の孫という境遇であればこそ感じられる,猜疑心と狂気,恐怖.文章から鬱屈した時代の空気を確かに感じられ,読んでいて楽しい.

狂気に蝕まれた魔王董卓,天下無双を誇り己の欲望に忠実な呂布,実在しないはずの謎の美女貂蝉,なぜか変身ヒーローみたいになった関羽.無職になるまでの経緯が妙に生々しい(自分が転職した時を思い出した……)30歳の主人公も含めて,キャラクターもそれぞれ立っている.ずれ始めた歴史がどういう方向に向かうのかわからないけれど,ただ都合よく進む話ではなさそう.続きを楽しみにしてます.

ひなちほこ 『特殊能力統轄学院 叛逆の優等生と悪魔を冠する少女の共犯契約』 (MF文庫J)

妄想を具現する《観測者》は、世界に対して意図的な誤認を繰り返す。

故に、エスカレートし過ぎると彼女たちは『還るべき現実』を見失ってしまう。

現実と観測の区別が付かなくなり、どこまでが観測による現象なのか、世界が本当はどんな法則で成り立っていたのか――解らなくなってしまうのだ。

特殊能力統轄学院.妄想を具現化する力を身につけた少女たちである《観測者》(アルテフェクス)を保護し,養成する名目で人工島に設立された,強制収容施設.日常を奪われた学院に,ある目的で潜入した仮採用監理官の紫門は,「アスモデウス」の名を持つ少女と《仮契約》をすることになる.

第15回MF文庫Jライトノベル新人賞佳作.叛逆の優等生と悪魔の名を冠した少女.再会と復讐のため,ふたりは共犯関係を結ぶ.やけに古めかしい印象を受けたのは,言葉使いと固有名詞のせいかなあ.「まぢ」をはじめとした話し言葉とかPDA(他に適当な言葉がないのもわかるが)とかルビの使い方とか,テキストの温度がいきなり変わるところとか.そこまでの前提をすべてひっくり返すような,終盤の種明かしは評価できるし好きなのだけど,そこまでにたどり着くまでがひたすら長く感じた.

葉月十夏 『天象の檻』 (早川書房)

天象の檻

天象の檻

  • 作者:葉月十夏
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 単行本

シャサの面に憤りはなかった。ただ、心底不思議そうだった。

「心身を蘇らせ、新しい世界に生きる。そのようなことを言っていたな。だがそこで、おまえは何をするんだ」

シャサは責めるような物言いではなかった。その声はひたすら、穏やかだった。

「今生を生き抜く心のない者が、次の世で、いったい何をしようというんだ」

十二の系から成り立つ大地.ある日,系から隔絶されたアタの場が何者かに襲撃される.生き残った少女シャサは,集落に迷い込んだ「暁」の少年ナギと協力して,さらわれた仲間を探しにまだ見ぬ世界へと旅に出る.

人と神の間に生まれた神人が支配し,共に暮らす黄昏の世界.少年と少女の冒険の旅が,やがて世界の成り立ちへとたどり着く.第7回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞のファンタジー.別々の社会で成長した,価値観のまったく異なるふたりの出会いや,この世界がどういうものなのかだんだん明らかになっていく過程はわくわくするのだけど,全体で見るとオーソドックスなファンタジーなのかな.選評と同じ感想になっちゃうけど,もうちょっとブラッシュアップされていれば感想が違っていたのかな,という気がした.