円居挽 『さよならよ、こんにちは』 (星海社FICTIONS)

さよならよ、こんにちは (星海社FICTIONS)

さよならよ、こんにちは (星海社FICTIONS)

  • 作者:円居 挽
  • 発売日: 2019/03/17
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

「たとえ負ける運命が決まっていても、負け方は変えられるんだよ。同じ倒れるにしたって前のめりに力強く倒れたなら、きっとまた起き上がれるさ」

奈良県大和郡山市の越天学園を中心に描かれる青春短編小説集。「奈良」をテーマにした同人誌からの四編と、書き下ろし二編。あまり詳しくないのだけど、「ルヴォワール」シリーズの前日譚ということになるのかな。冒頭の「DRDR」は会心の一作ではないかと思う。成長して見える世界が広がることと、ドラクエのロト三部作の進化やストーリー解釈を紐付けてロジカルかつエモーショナルに青春を描いている。大好き。ラストの種明かしとカタルシスが気持ちいい「勇敢な君は六人目」、出会いや縁を描いた(同人誌版の)完結編「な・ら・らんど」あたりがとても心地よい。ついでにあとがきの誠実さもTwitterらしくて楽しい。素敵な青春小説だと思います。

森川智喜 『死者と言葉を交わすなかれ』 (講談社タイガ)

死者と言葉を交わすなかれ (講談社タイガ)

死者と言葉を交わすなかれ (講談社タイガ)

本章では「死者の言葉」事件を例に取り考察を深めようと思うが、読者は注意されたい。一見ありふれているがそのじつ恐ろしさに満ちる「死者の言葉」事件。前章までに紹介した事例よりも刺激に富む。深く知ろうとするなら、理解しがたいものを受け入れる覚悟があらかじめ必要だ。

彗山探偵事務所に勤務する不狼煙さくらは、探偵の彗山小竹と浮気調査をしている最中に調査対象の死に出くわす。一見して心臓麻痺かと思われたが、調査対象に仕掛けた盗聴器には、死の当日に調査対象が何者かと交わした「死者との対話」が録音されていた。

「私は、死なない。驚きの結論と呼ばずにはいられない」。「死者の言葉」を追って調査を続けていた探偵と助手は、恐るべき悪意に出会う。いわゆるイヤミスというやつになるのかな。「京大生100%が騙された!」という惹句はいかがなものかと思うけど、手際はさすが鮮やかで、見事に騙された。リアルフィクションのような真っ白な装丁から、「死者」の意味するものや死生観に感心しながら読んでいたら、嫌がらせとしか思えない後味の悪さよ……。これもまたミステリの醍醐味でありましょう。後味は本当に最悪だけど楽しかったです。

カミツキレイニー 『魔女と猟犬』 (ガガガ文庫)

魔女と猟犬 (ガガガ文庫)

魔女と猟犬 (ガガガ文庫)

荷台の中央に、見知らぬ男が立っている。

黒い兜に、黒い手甲と黒いすね当て。胴当てだけは未装着で、黒の衣装に包まれた胸部と腹部は晒している。そのせいか、非常に華奢な印象があった。背丈もさほど高くはなく、迫力や凄みを覚えるわけではないが、兜で顔を隠しているからなのか、生気や気配をまったく感じられない。まるで幽霊と対面しているかのような薄気味悪さを感じる。

火と鉄の国と呼ばれる小国キャンパスフェローは、強大な兵力と魔術師たちを擁する大国アメリアの脅威にさらされていた。キャンパスフェローの領主バドは、大陸中に散らばり恐れられる魔女たちを集めて対抗するという奇策を打ち出す。手始めとして、隣国レーヴェで捕らえられた“鏡の魔女”を譲り受けるため、バドは従者たちを伴い自らレーヴェへと赴く。

国の未来を護るため、猟犬は大陸に散らばる魔女を集めることになる。“黒犬”と呼ばれる若き暗殺者(アサシン)ロロの「ダークファンタジー」。舞台は魔術師を独占する大国が覇権を握ろうとしているファンタジー世界。主人公の陣営を含めた各地の小国は、様々な手段で存続を賭けて抗おうとしていた。一冊をかけたプロローグではあるのだけど、この世界を描くのにかなり苦心した跡が見受けられた。なんというか、けれん味を除いてできる限り世界を細かに誠実に描こうとしているような。

暗殺者の一族や魔女の出自といった物語のベースはしっかりしているのだけど、それぞれのキャラクターに愛嬌があるからか、言うほど「ダーク」な雰囲気は感じないかな。小国同士の諍いや駆け引きも、良くも悪くもチンピラの抗争に見える。現時点で看板倒れなところも感じつつ、それぞれにフリークスめいた個性と能力を持つ魔術師たちや、バトルやアクション描写は掛け値なしに楽しい。手放しに勧めはしないけど、大きな物語をつくろうとしているのは見て取れる。大きく期待しています。

周藤蓮 『髭と猫耳』 (星海社FICTIONS)

髭と猫耳 (星海社FICTIONS)

髭と猫耳 (星海社FICTIONS)

「あ、じゃあこうしましょう」

エミリアが思いついたように、いった。

「三十年後、お互いに独身だったら結婚しましょ?」

頬杖をついた彼女の顔を炉が微かに照らしている。彼女の穏やかな笑みは、その炎によって赤く色づいていた。

レオハート家の令嬢、エミリア・レオハートは「獣腫」と呼ばれる猫耳を持っていた。学園最後の18の年。子供の頃からエミリアに付き従ってきた執事のロイドを伴い、自分探しの旅に出る。

18歳の猫耳お嬢様の自分探しの旅。付き従うのは42歳で198センチの、髭の執事。相応の教養と好奇心を身につけ、自分にないものを探すお嬢様と、そんなお嬢様を優しく厳しく、陰に日向に見守る執事。嫌味のないキャラクター描写と、静かで優しい、リラックスした信頼関係が心地よい。出会いと別れと成長を描く、オーソドックスなファンタジー世界の旅物語に、どうか世界が少しでもよくなっていきますように、という純粋な祈りが込められていると感じた。世界はとどまらずに変化を続けている。過去には戦争があった。大人たちは過去を引きずり成熟しきれず、現在は差別が横行している。子供たちの世界は、いいものでありますように。しみじみと良いものでした。

宮澤伊織 『裏世界ピクニック4 裏世界夜行』 (ハヤカワ文庫JA)

お風呂で、二人きりで、肩が触れあっていたあのとき……やっぱり、あのときの私たちはちょっとおかしかった。

いや違う。鳥子がおかしかった。私じゃなくて。それははっきりさせておきたい。

――空魚、好きだよ。

あらありがとう。嬉しいわ。

――おっぱいかわいいね。

ちょっと待てや。

カルト集団から解放した山の牧場を、DS研とともに探索する鳥子と空魚。カルトによる悪趣味なリノベーションが施された建物の中、ふたりは人面を持つ牛の怪物、くだんに出くわす。「あかいひとがくるぞ」と空魚に告げたくだんは、血のようなものを残して姿を消した。

女子大学生ふたりの怪異・探検・サバイバル小説第四巻。温泉回あり、ふたりきりの夜行キャンプあり、告白もあり。数々のイベントを経て、百合小説としてステップを進めた感がある。さながら大人のゆりキャン△と言うか。怪異小説としての不気味さと、ポップな読みやすさの両立はさすが。裏世界には意思があるのか、意思のない「現象」なのか、ふたりの関係はどう進展するのか。引き続き楽しみにしています。