酒井田寛太郎 『放課後の嘘つきたち』 (ハヤカワ文庫JA)

放課後の嘘つきたち (ハヤカワ文庫JA)

放課後の嘘つきたち (ハヤカワ文庫JA)

「なぁ。どうして君たちは、いつもそうなんだ?」

常に余裕をまとわせ、人を見下したような物言いをする御堂にしては珍しく、苛立ちを含んだ口調だった。

「一人の人間のなかに、尊敬に値する面と軽蔑を禁じえない面を見つけた時、君たちはいつも後者を本性とみなす。それまでの善意も、優しさも、献身も、まるですべて嘘だったかのように」

怪我で暇を持て余したボクシング部のエース、蔵元修は、幼馴染の同級生白瀬真琴に誘われて部活連絡会に参加することになる。県内屈指のマンモス校である英印高校には、全国クラスの個性の強い部活が集う。修と真琴はまず演劇部のカンニング疑惑を探ることになる。

演劇部のカンニング疑惑、陸上部の幽霊騒ぎ、映画研究会の作品改竄。放課後の謎と嘘を、部活連絡会の三人はそれぞれに嘘を抱えながら解き明かしてゆく。青春ミステリ連作短編集。真実が必ずしも明快なものとは限らないし、解き明かさないほうがいい真実もある。デビュー作の『ジャナ研の憂鬱な事件簿』を、さらにビターで憂鬱にしたような印象。作風が一貫している。わかりやすい造形かと思った三人の登場人物が、語りと「嘘」を経て、強い個性と複雑な人間らしさが浮かび上がってくる感覚がある。良い青春小説でした。『ジャナ研の憂鬱な事件簿』と合わせてぜひ。



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凪乃彼方 『同い年の先輩が好きな俺は、同じクラスの後輩に懐かれています』 (MF文庫J)

「……誰も好き好んで、少数派になりたがる奴なんていないだろ……」

一年の浪人の末、一年遅れで高校進学を果たした高村颯太。浪人したことを知られたくない颯太は自分を知る人間がいない高校を選んだつもりだったのに、中学時代の後輩がクラスメイトになって先輩先輩と近寄ってくる。

かつて片想いしていた同級生は先輩になり、世話を焼いていた後輩は同級生になってお世話を焼いてくる。第16回MF文庫Jライトノベル新人賞佳作受賞の三角関係ラブコメ。作中で言われているように、主人公がけっこうなヘタレなのが正直読んでいてストレスだった。理由はいろいろあるとはいえ、女の子たちにお膳立てされないとまったく動けない感じが、悪い意味で20年くらい前のラブコメのようだった。

森林梢 『殺したガールと他殺志願者』 (MF文庫J)

「実を言うと、私は心のどこかで、あの苦痛を忘れたくないと思っています」

激しく同意した。苦痛は俺の根幹だから。

最愛の人に殺されたいと願う高校生、淀川水面は、死神を自称する女から、ひとりの少女を紹介される。その少女、浦見みぎりは「最愛の人を殺したい」という願望を持っていた。利害の一致した二人は、お互いが「最愛の人」となるよう、奇妙な協力関係を結ぶことになる。

第16回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞受賞作。最愛の人に殺されたい/殺したいふたりが出会って築いた、奇妙な共犯関係の行方。こじらせ気味の設定は悪くないと思うのだけけど、物語中の説得力が薄い。というか、ふたりが共有する思想に共感も拒否もしにくい。いやまあそれは当たり前なんだけど、その思想を異様なものとして描きたいのか、ありふれたものとしたいのかが読み取れない。どっちにも振り切れておらず、かといってバランスを取っているとも言い難い。読んでる最中ずっと腹に落ちずにもやもやしていた。

二語十 『探偵はもう、死んでいる。4』 (MF文庫J)

「いいか。俺たちの世界では常識とか葛藤とか足踏みとか、そういうテンポが悪くなりそうになる要因は全部すっ飛ばす方針でいくって決まってるんだ」

「俺たちの世界ってなに……? 突然なんの説明が始まったの……?」

「いいからついてこい。俺たちの物語(せかい)のスピードに」

世界の敵を倒すため、死んだ名探偵を取り戻す、君塚君彦はかつてシエスタと暮らしていたロンドンに夏凪渚と向かう。そこには《調停者》のひとり、《巫女》がいると言う。その道中の機上で君彦は四年前と同じ言葉を聞く。「お客様の中に、探偵はいらっしゃいませんか?」

世界の敵は、名探偵(あたし)が倒す。あれから四年、地上1万メートルから再び始まる。姿を現す世界の敵、そして探偵代理から《名探偵》へとバトンが渡る。やはりミステリというより特撮ヒーローものに近いかもしれない。二巻を読んだときの「やりたい放題」という印象と語りのけれん味はあるものの、野放図に広げた感のある風呂敷と、作中で言及される通りの展開の速さ(というか言葉足らず)が気になる。「死んでいる」ことが作品のエンジンであると同時に枷になっていないか、みたいな気持ちになった。

竹田人造 『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』 (ハヤカワ文庫JA)

「立場でも、善悪でも、損得でもない。僕は今、技術の話をしているんです」

五嶋はしばらく黙り込んでから、「相棒選びがピーキー過ぎたな」と小さく両手をあげて、降参のポーズを見せた。

首都圏ビッグデータ保安システム特別法の制定によって、凶悪犯罪が激減した少し先の未来。親の借金を負わされた挙げ句、ヤクザに売り飛ばされる寸前だった元人工知能エンジニアの三ノ瀬は、「フリーランスの犯罪者」を名乗る五嶋に命を救われる。三ノ瀬は五嶋に、自動運転現金輸送車の襲撃を手伝うよう持ちかける。

元人工知能エンジニアとプロ犯罪者のコンビが「最後の現金強盗」に挑む。第8回ハヤカワSFコンテスト優秀賞。SFというよりはテクノサスペンスといったほうが個人的にはイメージに近いかな。技術的な妥当性は自分にはよくわからないのだけど、強い緊張感と古今の映画ネタを取り入れつつの軽妙なやり取りも合わせて、スピーディな展開についつい引き込まれる。物語の動機となるAI観というか、「人工知能」に対して抱くものの違いが興味深い。タイトル変更で物議を醸していたけど、結果的に正解だったと思います。