オキシタケヒコ 『筺底のエルピス 7 ―継続の繋ぎ手―』 (ガガガ文庫)

いくら燈を取り戻そうが、そこは変えられない。“終わり”どころか、月の上位存在が先に目覚め、いきなり実力行使に出てきたのだから、これ以上引き伸ばしようがなくなったのだ。

千二百年以上続いてきた崑崙からの道は、昨日で途絶えてしまい、もはや歩めない。

これからは、未知なる荒野を渡っていくしかないのだ。

月に座す異性知性体に、地球上の三つのワームホールゲートが掌握された。更には、《門部》最強の処刑人、阿黍と屋内最強の狩人、霧島が敵の刺客として圭たちの前に立ちはだかる。一万九千回を超える“終わり”を経験した圭は、残った門部たち三組織の力を集結させて人類の終わりに立ち向かう。

最強の味方だったふたりの封伐員が今、最強の敵として人類の前に立ちはだかる。あるいは、人類の未来を賭けての壮大なきょうだい喧嘩。絶望の底を越え、超えるべきものはまだ高くとも、やるべきことが見え始めたかもしれない、シリーズ七巻。捨環戦と経た異界の自分との対話、そして新たな力と、クライマックスへ向けて助走をつけているように感じた。ここまで絶望に次ぐ絶望を見せつけられてきて、それでも越えてきたことに対する信頼というか、ある種の余裕さえ感じるような気がした。もはや安定の、文句なしの面白さだと思ってます。

『ALTDEUS: Beyond Chronos Decoding the Erudite』 (ハヤカワ文庫JA)

「僭越ながら、一つ質問をお許し下さい、ジュリー博士」ずっと黙っていたチルチルが、不意に口を開いた。「あなたのおっしゃるところの『人』の定義をご教授下さいますか」

「定義など必要ないさ。なにせ――君が人になった瞬間に世界の様相はがらりと変わってしまうから。これは比喩でも何でもないただの事実だ」

西暦2080年。メテオラと呼ばれる謎の巨人の襲来によって、人類の社会と文明は完膚なきまでに破壊された。生き残った人類が地下に逃れておよそ160年。地下都市A. T. ――〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)で、私は過去を回想する。

原作シナリオ執筆陣による、VRゲーム『ALTDEUS: Beyond Chronos』のスピンオフアンソロジー。2080年のメテオラ襲来による渋谷崩壊を描いた高島雄哉「Mounting the World ――世界実装」。富裕層と貧困層に二極化された2150年代の〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)を描くカミツキレイニー「JULIE in the Dark」。2220年代、完全にディストピア化され確実に弱りつつある社会で、評議員のミチルとAIのチルチルは子どもたちに踊りを教えていた。人の定義を、そして人としての喜びを問いかけ、青い巨人のバレエダンスが美しい小山恭平「Blue Bird Lost」が個人的にはベストかな。原作の監督柏倉晴樹の手による「Decording the Erudite」は、〈Augmented Tokyo〉(オーグメンテッド トーキョー)をその誕生から見守り続けたジュリー博士の、姉との葛藤を描く。

ゲームのスピンオフではあるけれど、古今東西の様々なSFに影響を受け、実績のある作家によって書かれた短編は意外なほど骨太。あらすじと設定を読んで気になったなら読んでみていいのではないでしょうか。


「……本物のタイムトラベルは、きっと少しだけ、悲しい」

「……? なんだそれ。タイムトラベルでもしたことあるような言い方だな」

「ないよ」

姉は少し困った顔で笑った。



altdeus.com

川岸殴魚 『呪剣の姫のオーバーキル ~とっくにライフは零なのに~2』 (ガガガ文庫)

「エルフって街じゃなくて森の中の村で暮らしているイメージだったけど」

僕は素直に自分の先入観とこの街の印象の差を口にする。

「それは中流以上のエルフだ。森も村もタダじゃない。森をいくつも持つエルフもいれば、土地を持てないエルフもいる」

並んで歩くのが難しいほどの狭い通路をこちらに向かって駆けてくるエルフの少年たち。

シェイは少年の突進をひょいっとかわす。

板壁すれすれを駆け抜け、きゃっきゃと歓声を上げて通り過ぎていく。

〈屍喰らい〉に呪力を食わせるために、小さなクエストをこなしてゆくシェイたちパーティー。それに退屈を訴えるアーチャーのど根性エルフことエレミアは、パーティーを離脱し、弓の腕を競うエルフたちの大会に参加するという。一方、シェイたちの前には討伐者狩りと呼ばれる謎の脅威が現れる。

呪剣〈屍喰らい〉を駆る呪剣士と、戦場鍛冶師の少年のコンビが送るスプラッタファンタジー第二巻。オーソドックスなファンタジーでありつつも、コメディのテンポを持つ文体は一巻同様、独特の趣がある。今回はエルフの社会と生態にスポットを当てているのが良かった。エルフ社会の格差の様子や、若い見た目のまま頭の中だけ老化してゆくという、負の側面を身近、というか卑近な描写で書いている。ありそうであまり例のないエルフの描写で、良かったと思います。

花田一三六 『蒸気と錬金 Stealchemy Fairytale』 (ハヤカワ文庫JA)

私に残されていたのは、走ることだけだった。

――失礼。良く云い過ぎた。他に上手い策が思いつかなかっただけだ。裸で坂道を全力で駆け下りるなどという経験は、おそらく一生に一度のものだろう。二度とやりたくもないが。『衣服を着けずに運動を行うことによる精神的影響に就いて』とか何とか、小論の一つでもでっち上げられるかもしれない。少なくとも、改めて学んだことがあった。

世の中は意外と、やればできる。

蒸気錬金術(スチルケミー)の実用化によって発展を遂げる19世紀末ロンドン。三文小説家の私は、借金をして紀行文を書くことになった。目的地はイギリスの西に浮かぶ古き理法(ロー)恩寵(ギフト)の島、アヴァロン。

蒸気と幻燈が妖しくゆらめく1871年の世界を、ぼんくら三文小説家と口の悪い少女妖精のデコボココンビが征く。旅行記の体を取っており、語り手の小説家が異郷で見聞きしたものや出会った人、同行する毒舌妖精ポーシャとのやりとり、そして何やら変なことに巻き込まれたらしい境遇をユーモラスに語ってゆく。どうも結構なゴタゴタに巻き込まれた様子は窺えるものの、語りが妙にのんきなせいであまりそうは見えない、というのが話のミソと言える。こういうのも信頼できない語り手と言うのかな。さらっと読んでも楽しいし、アヴァロンでの出来事やこの世界を深く考察するのもまた楽しい。よいフェアリーテイルだと思います。

二月公 『声優ラジオのウラオモテ #04 夕陽とやすみは力になりたい?』 (電撃文庫)

大人っぽく、いい人だった。

それがまた辛くなる。

あんなにいい人で、実力もあったはずなのに、業界から去らざるを得なくなったこと。

悪者がだれもいないのに、苦しくて仕方がない今の状況が。

夕陽とやすみはラジオの企画で一泊二日のロケに参加することになった。先輩声優のめくると花火をゲストに迎え、仲良しっぽさの秘訣を学ぶと同時にリスナーを安心させようと目論むふたりだったが、やっぱりどこか噛み合わない。

クラスメイトで同僚、大嫌いなライバルだけど、互いを確かに尊敬している。そんな気持ちを言葉にして、伝えることで、ふたりの間のみならず様々なことが変わってゆく。それとは別に、失意のまま業界を去らなければならなかった先輩声優もいて。ふたりの新人声優の物語第四巻。同じ仕事をしながら、まったく別の関係を築いてきた三組六人の女性声優を、独特の距離感で描き出している。読んでいてお腹がキリキリしてくるような、ヒリヒリした緊張感がとても良い。リアリティラインを都合よくいじっている印象があるのがちょいちょい気になるけど、そこが見えないくらい改善されたら本当にすごいものになるのではないかという気持ちです。良いものでした。