達間涼 『PAY DAY 1 日陰者たちの革命』 (MF文庫J)

生きるために他者の命を奪う。生き残るためには仕方のないことだ。それがようやく、春期にも理解出来た。共に地獄に堕ちた友人と久しぶりに会話をし、どうにか現状を打破出来ないかと糸口を探した。それは結局徒労に終わった。しかし、収穫はあった。

そんな都合のいい希望はどこにも転がっていないのだと、諦めることが出来たのだから。

この町にはヒトを喰らう「日傘の魔女」の都市伝説があった。それから14年。魔女によって仮面の怪物《フォールド》の力を与えられた高校生の鳥羽春樹は、魔女に自分と少女の命を支払うため、「カツアゲ仮面」としてヒトの命を奪い続けていた。魔女に脅され、警察に追われる春樹の前には更に、完全無敗のヒーロー、ブレイズマンが立ちはだかろうとしていた。

まあ実際のところ、祈ったところで神様が助けてくれることもないだろう。

人を助けるのはいつだって、ただの人なのだ。

だからこそ、咄嗟に飛び出して行った彼女の背中はとても尊いものに見えた。

第16回MF文庫Jライトノベル新人賞審査員特別賞受賞作。魔女は言った、命を稼ぎなさいと。殺されないために自分の命を賭けてヒトの命を奪う仮面のヴィランたちの話から始まり、大切な誰かを守るために生きるヒーローの誕生と終わりの物語に収束する。カツアゲ仮面こと春樹と、ブレイズマンのふたりの主人公ともに主要な人物の家族関係が良好なものとして描かれるのがあまり見ない新鮮な感じだった。物語の緩急にちょっと難があったり、新人賞らしい粗さもあちこちに見られるのだけど、正義と悪を問う王道の変身ヒーロー小説だったと思います。

それから春樹は、彼の勇姿を目に焼き付けようと、その場に座り込んだ。

戦いに赴くヒーローの姿には目を奪われた。そしてふと、妙な物悲しさも覚えるのだ。

空に瞬くブレイズマンの戦いを眺め、ああ、花火に似てんだ。そう春樹は思った。

土屋瀧 『忘却の楽園I アルセノン覚醒』 (電撃文庫)

忘却の楽園I アルセノン覚醒 (電撃文庫)

忘却の楽園I アルセノン覚醒 (電撃文庫)

  • 作者:土屋 瀧
  • 発売日: 2021/03/10
  • メディア: Kindle版

「最高統治者は終身制。独身が慣例です。わたしにその機会が訪れることはないでしょうな」

「……役立たずな女め。子も産まず、男の真似事をして有頂天になっておる」

「シナーバ・ラ・モーレ……女は男に身を捧げ、尽くし、子をもうけよ、でしたか。ドラル神曲は黴臭い古典だと記憶していましたが、あなたがたにはまだまだ現役のようですね」

度重なる争いの末、地表の大半が海に覆われた世界。生き残った人類は、残留する汚染物質と〈旧世界病〉に蝕まれながらも、わずかな陸地と船上で社会を築き上げていた。訓練船での訓練期間を終えたアルムは、囚人移送船〈リタ〉への着任と、そこに封じられた少女、フローライトの管理を命じられる。

武器、科学技術、信仰の三つを放擲した新世界。モラトリアムを終えた三人の少年少女は、それぞれの出自と世界、運命に翻弄される。第27回電撃小説大賞銀賞受賞のSFファンタジー戦記。サブタイトルのアルセノンとは、人類を滅ぼす毒であり、覇権を握るための抑止力であり、ひとりの少女でもある。

世界が終わって長い時間が経ち、それでも変わらないものがあり、変わろうとするものがある。登場人物の多さや専門用語など読みにくいところはあるけど、物語の世界を一から造って、社会や価値観の変化をはじめとした大きな物語を描いていこうという気概をひしひしと感じた。これからの物語だと思うのだけど、応援したい気持ちになりました。

菊石まれほ 『ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒』 (電撃文庫)

時々突風が吹き抜けるように、こんな大人にはなりたくなかった、と思うことがある。

侵襲型複合現実デバイス「ユア・フォルマ」とは、ウイルス性脳炎のパンデミックから人類を救った技術を応用して作られた「脳の縫い糸」。インターポール電子犯罪捜査局本部電策課に所属する電策官のエチカ・ヒエダは、ユア・フォルマに感染し感染者に吹雪の幻覚を見せる自己増殖ウイルスの事件を追っていた。捜査のためサンクトペテルブルクに赴いたエチカは、ヒト型ロボット・アミクスの電策補助官、ハロルド・ルークラフトとコンビを組むことになる。

「このままいけば近い将来、人間は思考を放棄し、文化(ミーム)を放棄し、哲学と誇りを忘れ去り、生まれつき備わった欲求と感情だけで物事の判断をくだすようになる。思慮深さは失われ、人工知能に退化する」

第27回電撃小説大賞金賞受賞作。2023年、侵襲型ARデバイスが広く発達した世界。装着者の視覚、聴覚、記憶すべてを記録し、捏造のできない「機憶」にダイブすることを仕事とする、ロボット嫌いの電策官がヒト型ロボットと組んで自己増殖ウイルスの事件を追う。その中で明らかにされていくものとは。パンデミックを克服し、デバイスの発達とネットワーク、フィルターバブルによってもたらされた人類の変化。ネットワーク技術を拒否しバイオハックをしながら暮らすノルウェーの少数民族。社会に広まりつつあるロボットに向けるヒトの感情。ロボットが逆にヒトに向ける感情。

孤独でも困らない? 一人のほうが気が楽だって?

嘘吐きめ。飢えすぎだろう。

あらすじと大まかな流れで『鋼鉄都市』のアップデート版のようなイメージを抱いたけど、ストーリーやガジェットは現代SFの集大成のようになっていたと思う。父とロボットへのトラウマによってロボットを嫌うエチカと、それを物ともしないハロルドの関係は、一言では言い表せない屈折したもの。人間とロボット捜査官のバディものであり、人間存在を問うSFであり、テクノミステリであり。姉の存在をめぐる姉SFの面もある。様々な要素を詰め込みつつも、リーダビリティが非常に高いのも良いところ。大賞を取るのも納得で、むしろそこに収めるのがもったいないくらいの、広く読まれてほしい傑作だと思いました。

手代木正太郎 『鋼鉄城アイアン・キャッスル』 (ガガガ文庫)

皮膚が人とは思えぬ真紫色をしていた。剃髪なのは僧ゆえ当然だが、頭髪のみならず眉一本、睫毛一本すらもない。鼻が猛禽の嘴を思わせて高く、耳は出羽山中に巣食うという叡流風(えるふ)天狗のごとく長く先が尖っている。だが、何よりも佐吉の胸に寒気を感じさせたのは、その目だ。

ギョロリと大きなまなこに対し、異様に黒目が小さい三白眼。見つめられるとさながら爬虫生物の凝視を受けているかのごとき気味の悪さがあった。妖相と言っていい顔貌である。

息を呑む佐吉へ、僧は独特の甲高い声でこう名乗った。

「拙僧は太原雪斎と申す」

ときは戦国。太田道灌によって生み出された鐵城(キャッスル)築城術によって、戦国の世は大いに乱れていた。三河国額田郡岡崎の若き当主にして鐵城(キャッスル)・岡崎城の城主、松平竹千代。のちの徳川家康となる少年は、心の臓が鉄と化す病に侵されていた。

鐵城(キャッスル)とは、龍氣を糧として城郭に命を与えて、城主の意のままに操る超兵器である。日本全国に巨大ロボットが跋扈する戦国時代、軽快な講談調で語られる若き日の松平竹千代の三河国統一記。ちなみにこれまで作者は講談調を意識していなかったとのこと。

戦国時代の小説なのに、巨大ロボットのみならず猛者海龍(モササウルス)だの四十七士だの西郷どんだのといったおふざけが楽しい。三河国周辺の奇人変人も含めて、田中啓文に通じるセンスを感じた。松平竹千代と石田佐吉の、兄弟であり友人であり敵であるという屈折した関係も鮮やかに描かれる。これぞエンターテイメントでありました。

瘤久保慎司 『錆喰いビスコ 7 瞬火剣・猫の爪』 (電撃文庫)

錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪 (電撃文庫)

錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪 (電撃文庫)

「無茶な仕事じゃないですよ、僕にはもうシナリオが見えてる。『猫』にはなくて『人間』にだけあるもの、それを使うんです」

「ふむ、それは何だ?」

「学歴ですね」

黒革に代わってパウーが忌浜知事になって間もなく。忌浜の街では人間が「猫化」する奇病が流行していた。平和を持て余していたビスコは解決に乗り出すが、砂漠に突如出現した巨大な猫の顔に吸い込まれてしまう。

猫たちの国、猫摩国を舞台に、猫になったビスコとミロが例の如くの大暴れ。アニメ化も発表されたシリーズ最新作。講談調で語ってゆくのは異世界転生、時代劇、猫類補完計画、そして猫と猫の愛ともうなんでもあり。

ストーリーとしては番外編に近いのかな。瞬火(またたび)猫世音(にゃんぜおん)魔誕子(またんご)といったテキストのセンスだったり、日常のように男へ愛の告白をする男だったり、男同士(片方は既婚者)なのにはっきり「つがい」を自称するし。定番となった楽しさがある。社会がなければ生きられない人間と、自由の象徴である獣の猫を混ぜ合わせて対比させる手法も、定番でありつつ作者ならではの熱が感じられる描き方だったと思う。アニメ化がきっかけでさらに読まれるようになるといいなと思ってます。



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