髙村資本 『恋は双子で割り切れない』 (電撃文庫)

わたしの初恋は、かすかに煌めいていたのに、今はどろどろで、ぐちゃぐちゃで、どれだけ磨いても、もう光らない。胸の奥にある淀んだ池の中で、今も転がっている。

それは遺言なんかじゃなくて、僕にかけられた呪いの言葉だった。

僕はその呪いに抗うことの出来ない哀れな男だ。

こうして僕は、初恋の女の子と付き合っている。

私は夜鷹。

私の輝きに目を細めるが良い。高いところからなら、何でも見通せるんだよ、お二人さん。

隠れたって無駄だからね。

僕こと白崎純と、琉実と那織の神宮寺姉妹はお隣に住む幼馴染。小学生の頃からの仲良し三人だった僕らの関係は、中学三年生の春に姉の神宮寺琉実の告白を僕が受けることで大きな転機を迎える。それからちょうど一年、僕は妹の神宮寺那織と付き合うことになる。

活発な体育会系の姉と、あざとくてサブカルな妹。対照的な双子と僕の関係は不安定でいびつな三角関係を築いていく。三人それぞれの角度から語られる、双子と幼馴染の三角関係。サブカル、オタクがテーマのひとつであるためか、巻末の「引用・出典」が非常に詳細*1。伊藤計劃なんかも名前だけ出てくる。「トレッキーとシャーロッキアンには迂闊に近付いてはいけない」、「SFオタクとミステリオタクのハイブリッドなんて、誰がどう考えたってこの世で一番厄介な人種だ」なんて言われてるぞお前ら。

サブカル語りは正直鼻につくところもあるけど、まあ高校生の一人称だと思えばリアリティがある……のかな? お互いがお互いを尊重するがゆえ、迂遠で非常に面倒くさい三角関係を存分に味わえるので、そういうのが好きなら読んでみるといい。楽しゅうございました。

*1:例:本書○○頁/2行目~3行目 → レイモンド・チャンドラー 双葉十三訳『大いなる眠り』創元推理文庫(東京創元社、一九五九年)76版、189頁

斜線堂有紀 『コールミー・バイ・ノーネーム』 (星海社FICTIONS)

「好きになってくれてありがとうな」

そういった琴葉の声が泣き出しそうだったことを、愛はいつまでも覚えている。

呪いの話はここで終わりにして欲しかった。けれど、それはそれとして人生は続いていく。

大学生の世次愛は、夜のゴミ捨て場で捨てられていた容貌の美しい女を拾う。本名を名乗らない女、古橋琴葉に惹きつけられる愛だが、友達になることは頑なに拒否される。そんな愛に琴葉は、自分の本名を当てる賭けを持ちかける。

過去に秘密を持つ女ふたりが友達になるまでの、短い同居生活を描いてゆく「名前当て」ミステリ。仮初の恋人として付き合う中で、聖人と変人の人物像が、過去がページを繰るごとに解像度を上げてゆく。謎解きとしてのミステリと、キャラクターの描写がかっちり噛み合った感がある。作者の作品では最も穏当なミステリかもしれないと思いつつ、こんなのも書けるのかと驚いた。良かったです。

麻枝准 『猫狩り族の長』 (講談社)

「頼む、解放してくれぇ……」

海中に膝を突き、両手を合わせ、懇願する。

人知ならざるもの。天に座する神へ向けて。

ここに居る人間なんて、まるで眼中にない。

壮大な祈りだった。

自殺予防の監視手伝いとして自殺の名所を見張っていた大学生、時椿は、飛び降りようとしていた黒髪の女性に声をかける。サウンドクリエイターだというその女性、十郎丸は、自らが死にたい理由を饒舌に、理路整然と語り始める。自殺志願者とは思えない態度に混乱する時椿は、十郎丸を家に連れて帰る。十郎丸は時椿の名前に免じて、自死を五日間先延ばしにすると言う。

自殺志願のクリエイターと自殺を止めたい大学生のいっときの出会い。麻枝准が「初めて本当に思っていること」を書いたという処女小説。死にたい理由を語り、自身の成功を語り、未知の音楽に衝撃を受けて、ふたりで水族館に行き、海を見に行く。そのほとんどが十郎丸の自分語りで構成されている。作者のパーソナリティをほぼ知らないのだけど、これは自叙伝なんだろうか。出会ってから五日間の出来事を、朝起きてから夜寝るまで、ほぼそのまま時系列順に描いてゆく。いかにも「らしい」テキストだと思うけど、そういうスタイルも含めての自叙伝なのかな。単体でも悪い小説ではないと思うけど、ファンの解説がほしいなと思いました。

逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(4回目)』 (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ(4回目) (電撃文庫)

豚のレバーは加熱しろ(4回目) (電撃文庫)

〈ジェス。たった一つの真実は誰のものでもない。それを知りたいと思うのは悪いことじゃないし、見えていることから真実に辿り着いてしまうのも悪いことじゃない。たとえ真実が、誰かにとって都合の悪いことだとしても、怪物のように恐ろしいものだとしても〉

「怪物……」

ジェスはゆっくりと反復した。

王国への反旗を翻していたを暗躍の術師を撃破して訪れた一時の安寧。ジェスと豚は“願い星”と呼ばれる赤き北方星(サルビーア)を目指してふたりで旅をしていた。

コスプレあり、温泉あり、豚と少女のイチャラブハネムーン。そこにはひとつの嘘があった。権力闘争もひと段落、のんきなラブコメ番外編。……なのかと思っていたら、「真実という怪物」のトリックが襲いかかる。怒涛の解決編(?)からの、ラスト一行にしてやられた。日常回に仕掛けられていたミステリの語り。デビュー当初から、タイトルやテーマに合わない、しっかりした物語を作る方だなあと思っております。難しいだろうけど、もっと色んな層にフックしてほしいな。

森日向 『浮遊世界のエアロノーツ 飛空船乗りと風使いの少女』 (電撃文庫)

じわりとフィンの目が潤み、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ始める。彼女は声を上げて泣き始めた。その声は蒸気でぼんやりとした青空に吸い込まれていく。

きっとずっと――それこそ何年も泣いたことがなかったのかもしれない。フィンの泣き方はどこか不器用で、ときどき息を詰まらせて咳き込んでいた。

空を浮遊する無数の《浮遊島》と雲海からなる世界。飛空船乗りの泊人と記憶喪失の少女アリアは、それぞれの求めるものを探して旅を続けていた。様々な文化や価値観を持つ島々をめぐる中で、アリアは《風使い》の能力を開花させてゆく。

この世界に大地はない。人と精霊が共存する島、まるごと監獄の島、スチームパンクな島、同じ時間を何度も繰り返す島。様々な浮遊島をめぐる中で少女は成長し、世界の成り立ちに近づいてゆく。「キノの旅」に近い雰囲気を感じるロードノベル。導入は比較的おとなしいのだけど、ひとつひとつの島に用意された仕掛けが一捻りあって面白い。世界の謎に近づくにつれて、尻上がりに面白くなってゆく印象を受けた。派手さは(今のところ)あまりないけど、楽しみなシリーズになりそうな予感はしております。