紙城境介 『継母の連れ子が元カノだった7 もう少しだけこのままで』 (スニーカー文庫)

そこにはまだ、ゴールテープは張られていない。

家に帰っても、今日が終わっても、きっとどこにも張られていない。

それでも私は、一緒にゴールしたいのだ。

どこにあるかもわからないそれを、他の誰でもないあなたと。

秋。文化祭も終わり、生徒会に入った結女は、新しい日常を迎えていた。会長の紅鈴理をはじめとした生徒会の先輩たちに、恋愛のアドバイスを請う結女。次のイベント、体育祭は近づきつつあった。

先輩たちの恋バナを聞いたり、いっしょにお風呂で洗いっこしたり、ノーブラで体育祭に参加したり。青春小説であるのと同じくらい、性春ラブコメの味が強い巻だった。お約束に忠実に描きつつも、ちゃんと今までの巻と同様の落ち着いたトーンで、ちゃんと青春小説になっているのはさすが。物語としての一貫性を感じるし、上手い。箸休めに近い巻だったかもしれないけど、良かったです。

枯野瑛 『終末なにしてますか? もう一度だけ、会えますか?#11』 (スニーカー文庫)

「話をしてみたいと思ったんです。まっすぐにぼくを壊しにきた、一直線に外の世界を守ろうとした、妖精のあなたと」



〈最後の獣〉(ヘリティエ)が創造した世界の核として生まれた少年は、世界を壊すために現れた五羽の妖精と戦う。終末に向かう世界と、過去の寄せ集めである〈獣〉の世界がぶつかり、その跡に何が残るのか。

#10との上下巻となる、終末の終幕を描いた完結篇。浮遊大陸群(レグル・エレ)は静かに終わり、それでも生きる者はいて、世界は続いてゆく。思ったより長く続いた物語も、思った以上に静かに完結を迎えた印象。ここではない世界の終末を、余計な力の入らない落ち着いた筆致で描いた、大部のファンタジーでした。お疲れさまでした。


どうか、いまを生きる、あの優しく強き人々が。

忙しないあの終末の大地で――少しでも長く幸せな時を、過ごせますように。



kanadai.hatenablog.jp

長月東葭 『貘 ―獣の夢と眠り姫―』 (ガガガ文庫)

「そう…………あなたが、わたしに、呪いをかけてくれるの」

メイアが目を閉じ、胸に手を当て、自分の鼓動を確かめる。

「なんだか不思議……チクチクしてて、ふわふわしてるわ。これ、変わった呪いなのね?」

“集合無意識の海”の実在が初めて観測されてから半世紀近く。機械の夢を介して個人の夢を共有することが可能となった社会は、覚醒現実と夢信空間、ふたつの世界を持つようになった。夢信空間のセキュリティを担う〈貘〉のひとり、瑠岬トウヤは、車椅子に乗った“魔女”と出会う。

眠り続ける姉と瓜二つの“魔女”。その正体には、ふたつの世界の真実が隠されていた。第15回小学館ライトノベル大賞優秀賞受賞の異能サイバーパンク。夢信空間は言うなら仮想空間そのものなんだけど、意図的にルビを多用した文体に、アイデアの露悪的なところや軽薄なところも含めて、正しくサイバーパンクの後裔だと感じた。設定を活かしたかっこいいアクションと、どこか懐かしさを持ちながら現代的にアップデートされたサイバーパンクを楽しむタイプの小説というのかな。「普通に素直でいい子」な“魔女”をはじめとして、キャラクターやアクションの描写も十分に魅力的だと思う。夢信空間と覚醒現実が相互に影響する例がちょっと弱い気がした、というより、この社会と世界が末端レベルでどう運用されて、住民がどう暮らしているかみたいな細かい話が個人的にもっと読みたい。今後を楽しみにしています。

雨森たきび 『負けヒロインが多すぎる!』 (ガガガ文庫)

「あのね、温水君。女の子は二種類に分けられるの。幼馴染か、泥棒猫か」

地味な高校生、温水和彦は、たまたま居合わせたファミレスで、クラスの人気者、八奈見杏菜がフラれるところを目撃してしまう。プロ幼馴染、八奈見の負け姿を目撃して以降、温水の周りにはなぜか本命にフラれる女子たちが集まるようになる。

負けてこそ輝く彼女たちに、幸いあれ。第15回小学館ライトノベル大賞ガガガ賞受賞作。かわいらしくもアクの強い女の子たちはみな個性が立っていて、ストレスなく、それこそギャグ漫画のように読める。いみぎむるのイラストもあって、電撃コミックスのラブコメをそのまま活字にしたような味わいがあった。

しめさば 『きみは本当に僕の天使なのか』 (ガガガ文庫)

『アイドル』という輝きに憧れているうちに、その強すぎる光に、目を焼かれてしまった。

アイドルという存在は、僕にとって、希望であり、夢であり、そして最後には絶望を運んできた。

“完全無欠”のアイドル、瀬在麗。不祥事などで推したアイドルが次々と引退していった僕の最後の希望だ。彼女が引退するときは、僕がアイドルファンを辞めるときと決めていた。そんな麗との握手会の日の夜。僕のアパートに、麗が押しかけてきた。

「あはっ」

破顔した。

「君は本当に……理想的なアイドルファンだなぁ……」

押しかけ女房もののような導入から始まるのは、「完全無欠のアイドル」と「理想的なファン」の共犯関係。ふたりはクソッタレな業界へ闘いを挑む。

「理想的なアイドルファン」として描かれる主人公のメンタルと行動が興味深い。アイドルに夢を見て、希望を抱いては裏切られ、絶望したアイドルファンのメンタリティを、そのままのテンションで冷静に描いているというかな。実際のところはわからないけど、アイドルをアイドルたらしめるもの、ファンがアイドルに求めるものを論理的に考察している、と思う。推しアイドルが家に押しかけてきたらそうはならんやろ、と普通なら思うであろうところ、言い訳がましくないだけの説得力を持たせることに成功している。まあ正直、肌感覚はわからないのですが。アイドルファンがどう感じるかはいつか聞いてみたい。良かったです。