柴田勝家 『走馬灯のセトリは考えておいて』 (ハヤカワ文庫JA)

『じゃ、これが私なりのお葬式だから。みんな、楽しんでいってね!』

こうして彼女のラストライブが幕を開けた。すでに死んでいる彼女が、生前の意思を残したバーチャルアイドルとして歌う最後の時間。

引退するのは、私たちの世界――この世。

コロナ禍によってオンラインで開催されるようになった福男選び、その後の歴史を描いたルポ「オンライン福男」。「信仰が質量を持つ」という思考実験に関連した論文、「クランツマンの秘仏」。生物が絶滅した地球でかつての生活を再現しようとした異星種の生活を描いた「絶滅の作法」。人間に寄生し月や火星にまで版図を広げた宗教性原虫の生態に関する小論文「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」。なぜかSFマガジンに掲載された、PS2版『戦極姫』のプレイ日記「姫日記」。ライフログから再現されたバーチャルアイドル、そのラストライブの舞台裏「走馬灯のセトリは考えておいて」

書き下ろしの表題作を含む短編集。やはり表題作が白眉か。技術的には現在の延長線上にあり、古い死生観と新しい死生観が交わった社会で“魂”の在り処を問う。作者が柴田勝家になったきっかけを描いた「姫日記」と合わせて、作家柴田勝家の原点と現在地を一冊にまとめた作品集ということにもなるのかな。そこを理解するにあたって、簡潔でわかりやすい解説も良かったと思う。良い短編集でした。

黒鍵繭 『Vのガワの裏ガワ1』 (MF文庫J)

後になって、思うに、雫凪ミオ誕生プロジェクトは間違いなく成功していた。

それだけを考えていたのだから、当然だろう。

本当に、俺は徹頭徹尾、雫凪ミオちゃんのことばかり考えていて。

――海ヶ瀬果澪のことを、まるっきり知ろうとしていなかったのだから。

高校に通いながらイラストレーターとして活動している自称神絵師、亜鳥千景。ある日、身分を明かしていなかったはずのクラスメイトからSNSにDMが届く。内容は、「私のママになってくれませんか?」。

第18回MF文庫Jライトノベル新人賞佳作受賞作。高校生兼バーチャル灯台管理人、雫凪ミオ。目標チャンネル登録者数は10万人。高校生たちの新人VTuberプロジェクトはトントン拍子に進むが、その一方で見落とされてしまうものがあった。VTuberにはまったく詳しくないのだけど、「プロジェクト」はわかりやすく説得力があると思うし、高校生の等身大の視点から、仕事を進める上で考えるべきこと、守らなければいけないことを高校生の等身大の視点でしっかり語っているのも良いと思う。後半は思いがけない方向に空気がガラリと変わる。本当の自分を見てもらいたいために選んだ手段がVTuberになるというのは皮肉な話だね。自分にはピンとこないところもあったのだけど、ある程度VTuberに興味があるひとであれば楽しめるのではないでしょうか。

明治サブ 『腕を失くした璃々栖 ~明治悪魔祓師異譚~』 (スニーカー文庫)

少女リリスが手帳を覗き込み、「璃、とは?」

「宝石。瑠璃玻璃の璃です。偏には王の意味もあります」

「栖、は?」

「特に意味はありませんが、ルイス・キャロル著『不思議ノ国ノ有栖』と同じ字です」

「あはァッ、良いな。気に入った! 予は、この国では璃々栖と名乗ることとしよう!」

両腕のない少女の悪魔リリス――否、璃々栖が、嗤った。

明治36年、神戸外国人居留地。13歳の少年悪魔祓師(エクソシスト)、皆無は所羅門(ソロモン)七十二柱の一柱、不和侯爵庵弩羅栖(アンドラス)の襲来によって命を落としかける。皆無を救ったのは、両腕のない少女リリス・ド・ラ・アスモデウスの口づけだった。

第27回スニーカー大賞金賞受賞。明治36年11月、観艦式を前にした神戸で、悪魔祓師(エクソシスト)の神童と両腕のない大魔王が出会う。ボーイミーツガール、というかおねショタというか。明治時代の神戸、真言、仏教、キリスト教、カバラ、与謝野晶子と、様々な素材を少年漫画チックにガーッとノンストップで調理した感のあるアクションエンターテイメント。作中で主人公が精通を迎える小説もわりと久しいし、その後に雰囲気が一変するのも楽しい。ルビを多用したテキストや洒落たセリフもサクッと読めるし、突っ込もうと思えば突っ込める。気持ちよいアクション小説でした。

菊石まれほ 『ユア・フォルマV 電索官エチカと閉ざされた研究都市』 (電撃文庫)

結局、「生まれてよかった」と思えたためしが、ほとんどなかった。

「ペテルブルクの悪夢」事件から半月。分析型AIトスティがドバイに建設された研究都市、ファラージャ・アイランドで開発された可能性が浮上する。トスティの情報を求めて、エチカとハロルド、ビガの三人はファラージャ・アイランドに赴く。エチカとハロルドが出会って一年。長い冬が再び始まろうとしていた。

「ユア・フォルマが普及した時から、人間の頭の中はこれまでのような暗黒の世界ではなく、操作可能な一つの空間に変わった。今に、『思考の自由』自体がビジネスになる」

研究都市ファラージャ・アイランドで進められていた「Project EGO」が目指すもの。RF(ロイヤル・ファミリー)モデルと敬愛規律の秘密。アミクスの親愛と人間の親愛、それはまったく違う形をしたものだった。国際AI倫理委員会が理想とする社会。オーウェルの描いた古典的な管理社会を、近未来の社会に現出する手段。あまりに多くの「秘密」が交錯し、窒息しそうな息苦しさのなかで進む第五巻。現実に即して誠実に描くことが、救いようのない道へと続いてしまう、という意味では虚淵玄に近い作風なのかもしれない。抱えるもの、秘密にしないといけないものが多くなりすぎて、ちょっとしたカタルシスも許さない感じになっているのはどうかとも思うが……。本当に救われる未来が見えない。続きを早くお願いします。

花宮拓夜 『メンヘラが愛妻エプロンに着替えたら』 (スニーカー文庫)

「……多分、あいつは依存先を探しているだけなんだよ。そこに丁度よく僕がいて、たまたま条件が揃っていたから、好意を向けているってだけでさ」

大学生の愛垣晋助は、同級の地雷系女子大生、琴坂静音がパパ活をしていることを知ってしまう。口止め代わりに、静音から「通い妻」契約を持ちかけられる晋助。だが、晋助には地雷系女子への根強いトラウマがあった。

第27回スニーカー大賞銀賞受賞作は、メンヘラ地雷系押しかけ女子との半同棲ラブコメ。基本的にはあらすじ通りの読みやすい小説ではあるのだけど、メンヘラヒロインや主人公を含めた大学生たちの生態を非常によく描けていると思う。各々をかなりソフトかつ慎重にキャラクター化しているのと同時に、話の根っこに生々しい生活感とじめっとした存在感が確実に感じられる。みんな幸せになってほしい、と思える。よい小説でした。