十利ハレ 『君を食べさせて?私を殺していいから』 (スニーカー文庫)

思春期の恋心ほど、陳腐なものは他にないだろう。

でも、一瞬でも何かに狂える人生なら、それは価値のあるモノだと思うのだ。

誰にも打ち明けられない原因不明の殺人衝動に悩まされていた高校生、有町要は、ある日、クラスメイトの旭日零にその事実を知られてしまう。彼女も同じく、原因不明の吸血衝動と再生能力に悩んでいた。秘密の悩みを抱えるふたりは、互いの衝動を満たすため、秘密の契約を交わす。

狼男と吸血鬼の、普通じゃない秘密の依存関係を描くラブストーリー。ひねた会話のセンスとテンポに、どことなく西尾維新を感じた。個人的にはあまりピンとこなかったんだけど、最初のかったるい感じが、ちゃんとその後のストーリーにつながるのは評価したい。ふたりきりで閉じた共依存が好きなら読んでみてもいいかもしれない。

優汰 『この恋、おくちにあいますか? ~優等生の白姫さんは問題児の俺と毎日キスしてる~』 (スニーカー文庫)

俺の中で、一気に白姫という人間の解像度が上がった。ふと漏らすような態度からなんとか掠め取って察するしかできなかった白姫の本当の顔が、今、本人の言葉で鮮明に映り始める。

知れば、こんなに違うんだ。

学校一の問題児と知られる君波透衣には、父親が所有するビストロを継ぐという夢があった。夢のためなら誰にどう思われようとも構わない。そう考えていた透衣の前にある日突然、父親が強引に組んだ婚約者を連れてくる。その婚約者は、学校一の美少女で優等生の白姫リラだった。

夢を抱いた自由な問題児と、唐突に許嫁だと知らされた完璧な優等生の、キスでつながる秘密の関係。第19回MF文庫Jライトノベル新人賞佳作受賞のラブコメ。わりと粗い、というか長所と短所のかなりはっきりした小説だと思う。魅力的なキャラクターの成長と変化、少し粗いリアリティラインに、一段落はすれど完結しないストーリー。個人的に気になるところはかなり多かったんだけど、書きたいことを書いた、甘くてまぶしい青春小説だったのは間違いない。ひとまず続きを楽しみに待たせていただきます。

夏海公司 『セピア×セパレート 復活停止』 (電撃文庫)

「気になること? うん、まぁそうだな。今の君の状況を鑑みると、大した話じゃないかもしれないけど」

振り向きながら、コンソールをさらしてくる。

「この子、人間じゃないぞ」

記憶のクラウドバックアップと3Dバイオプリンターの発達によって、生命の復元が可能になった2030年代。テック企業で働くエンジニアの園晴壱は、仕事帰りに異動の辞令を受けた直後、意識を失う。バックアップから復元され目を覚ました晴壱は、本来あるはずの死亡直前の記憶を喪失していた。時を同じくして、全人類のバックアップをロックするという前代未聞の大規模テロが発生し、その主犯として晴壱が指名手配される。

覚えのない死から「復元」されたエンジニアは、身に覚えのないテロ容疑を晴らすため自らの死の理由を探る。最っ高に楽しかった。現代と地続きのスマートデバイスを使っていたプロローグから、3Dバイオプリンターというとんでもない技術に一足飛びに飛躍し、果ては数十億年スケールの、現代SFをすべて盛り込んだ物語へと、とんでもない発展を遂げる。

近未来と呼ぶにはオーバーテクノロジーがすぎる2030年代も、すべての人物の行動原理も説明可能なところも、それでいて非常に読みやすいSFエンターテインメントでありテクノスリラーであるところも、全部良かった。もし他のSF作家が同じテーマを扱ったら、ぜんぜん違う結論が出るんだろうな、と想像できるところもまた良い。今年のベストSFの一冊だと断言できる傑作でした。

饗庭淵 『対怪異アンドロイド開発研究室』 (角川書店)

「では、怪異とはどういうものなのですか?」

「知るか! それがわかりゃ苦労はしねえ。学者は決まって、その『わからない』に挑むのが科学だって意気込むがな。たとえ科学が怪異を解明することが可能だとしても、人間には無理だ」

「なぜですか?」

「人間の認知能力には限界があるからだ」

怪異検出AIを搭載した対怪異アンドロイド、アリサ。人の姿を持ちながら、機械ゆえに呪いも祟りも受け付けず、恐怖心もない。怪異が出ると噂されるスポットに派遣され、調査を続けるアリサは、どのようなデータを持ち帰ってくるのか。

第8回カクヨムWeb小説コンテストホラー部門特別賞。AIと怪異のすれ違いコントで始まり、いかがなものかと思ったらちゃんと怖かった。人型だからこそ寄ってくる怪現象、AIだからこそできる語り、そして人型AIだからこそ認知できる怪異。いくつもの仕掛けが、とぼけたテキストに隠されている。人型AIのフレーム問題と怪異探知の問題は掘り起こせばいろんな話が作れそう。シリーズもっと読んでみたいな。

三船いずれ 『青を欺く』 (MF文庫J)

「――映像って不思議ですよね。それがいくらウソだったとしても、見る人にとってはそれが『真実』になる。そうして、観る人の記憶にはその真実だけが残り続ける」

「へ……?」

「先輩がそんな世界に飛び込んだら。どんなウソをついてくれるんでしょうかね」

高校生、城原千太郎は、空っぽな自分を隠し、他人の仮面を被って日々をやり過ごしていた。ある日のこと、バイト先に現れた後輩にして自称「映画監督」、霧乃雫に声をかけられる。「ウソつきは、役者のはじまり」という雫は、千太郎を映画作りに引きずり込む。

ウソつきの高校生と、そのウソに惚れ込んだ後輩女子。ウソから始まる四人の高校生の映画作りを描いた、第19回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞作。創作とウソ、「本物」と「偽物」の違いや、創作することの動機とエゴを真正面から捉えた青春小説。仲間も増え、順調に進んでいるかのように見えた映画製作に、ウソと強烈なエゴ浮かび上がる。映画や舞台をテーマにしているだけあってか、ヒトの肉体の表現や景色の描写が本当に美しい。ウソと創作から始まりウソで終わる本物の青春。傑作だと思います。