逆井卓馬 『豚のレバーは加熱しろ(n回目)』 (電撃文庫)

それはまるで、大好きで何度も繰り返し読んでいた本の中から、ずっと一緒に冒険をしてきた少女が飛び出してきたような感覚だった。

結局俺には、あの思い出を本の中に物語として押し込んでおくことなどできなかった。

魔法がこの世界へもたらされたのと同時に、「現実」と「物語」は混ざり合い始めたのだ。

元の世界に豚が戻ってから、もう会えないと思っていたジェスと再会してから一年。豚と美少女の最後の物語が始まる。
あれから一年後の東京、四年後のメステリア、×××年後の断章を描いてゆく、完結巻。筆はおかれるが、物語が終わったわけではない。問題はいくつもあるし、革命から数年程度で平和が来るわけでもなし。でも希望はいくらでもある。作中の言葉を体現するかのような、余韻とその後に想像の余地を残す、良いエピローグだったと思います。章ごとにミステリの仕掛けが施されているのも、最後まで楽しかった。お疲れ様でした。

俺は遂に、豚ではなくなってしまった。豚と少女の恋物語は今夜で終わりなのだろう。しかし見方を変えれば、大きな章が一つ変わるだけのこと。ここで突然道が途切れたりすることは絶対にない。

物語は終わらないのである。

これはきっと、俺たち二人が駆け抜ける長大な冒険譚の、始まりの物語だ。

田中空 『未来経過観測員』 (KADOKAWA)

「何も感じなくなるから……辛くないってこと?」

「まぁ、そうですね……ただ……」ロエイは少し言いよどんだ。

「スイッチを復帰させた時に、まとめてやって来ますけどね」ロエイの声は寂しそうに笑った。

私はモノアイをぼんやりと光らせているロエイを見つめ、自分だけがタイムトラベルするかのように眠るのは、実はとんでもない大罪なのではないかと思ったが、次の瞬間、強烈な睡魔に引きずり込まれ、百年後の未来に旅立った。

表題作は、超長期睡眠から百年ごとに覚醒し、五万年先まで未来を定点観測することを義務付けられた「未来経過観測員」のレポート。爆発的技術発展を遂げた人類と宇宙の行く末を、ひとりの未来経過観測員の目から描いてゆく。たったひとりの観測員の抱えた冷たい孤独に、ロマンとセンチメンタル。SFに必要なものをすべて詰め込んだエンターテイメント。むちゃくちゃ良かった

持続可能社会が崩壊し、ボディーアーマーの中で暮らすことを余儀なくされる世界で、アキノは夏目漱石を読む少女と出会う。書き下ろし併録の短編、「ボディーアーマーと夏目漱石」もめちゃくちゃ良かった。26ページほどなのに強烈に記憶に残る。二作ともそれぞれに違った形の結末があれども、しんと冴えわたる「孤独」の空気が強く印象に残る。中編一つに短編一つ、いずれも甲乙つけがたい傑作でした。

滝浪酒利 『マスカレード・コンフィデンス 2 詐欺師は少女と仮面仕掛けの旅をする』 (MF文庫J)

蒸気帝国、流空剣術近衛派(ウォルカルシャ)、伝承の奥義。

水が熱されて煙になる様に、人でありながら別の次元へ至る剣。

この世の全てから逃れ出て、この世の全てを断ち切る、蒸気の剣。

騎士団から逃げるため、クロニカを救うため、詐欺師のライナス=クルーガーは海の向こうを目指していた。双子の刺客に襲われたライナスとクロニカは、在共和国の蒸気帝国大使館に逃げ込み、蒸気帝国(エルビオーン)の巫女、アナヒトに助けられる。

詐欺師と貴族は十二年前の革命から逃れ旅に出る。シリーズ第二巻。大英帝国とインドのよくないところをあわせたような蒸気帝国(エルビオーン)、貧富と民族で強烈に分かたれた階層社会、エルフと資本主義の新解釈も楽しい。わりと力技なストーリーテリングもあり、やはりどこか非三大少年誌の少年漫画みたいなにおいがする。

戦争と革命が終わり、人ではないものによる法と正義(ロウ・アンド・ジャスティス)の時代が始まる。八極式金融武法や蒸気の剣といった胡乱なところが目立つし実際面白いと思うんだけど、実は異能バトルより「社会」を描くことに重きを置いているんじゃないかな。どこか儚いふたりのロマンスも気になるし、まだ荒っぽいけどいろんなところから味がする。今後が楽しみなシリーズになりました。

藍内友紀 『天使と石ころ』 (早川書房)

「どうして僕らだけ……」自分の声が聞こえてから、呻いたことを自覚した。「どうして子供(僕ら)だけが、こんなふうに扱われるんだろう」

アフリカ大陸、リベリアとシエラレオネの国境付近。七歳の少年、カラマは、村を燃やし、家族を殺したゲリラに拉致される。否応なしにゲリラの仲間にされ、カラシニコフを手にしたカラマは、子供兵士として虐殺と搾取と流転の世界に生きることになる。

その時々の自分勝手な大人に、国家に、世界の都合に。子供たちは生き方、考え方、体の発育までコントロールされる。ときに子供兵士、ときに天使として大人たちに扱われ、理不尽に転変する子供の価値観を、アフリカを舞台に描いてゆく。現実と地続きの物語ではあるけれど、SFの手法だからこそ許される描き方かもしれない。終章の最後の一行がこれほど重く感じられる小説はないと思う。最後の最後に示されたのは希望だったのか。とても良かったです。

「僕らの世界を創ろう」カラシニコフを掲げて宣言する。「子供と天使だけでも生きていける世界にするんだ。銃もダイヤもある。僕らはきっと、もう少し、マトモに生きられる」

そうだろ? と誰にともなく問うた僕の足下で、血に沈んだダイヤモンドが瞬いた。きっと可能性(神さま)ってやつが同意してくれたんだ。そんな気がした。

fudaraku 『竜胆の乙女 わたしの中で永久に光る』 (メディアワークス文庫)

「いいですか、間もなくおかとときがこの屋敷にやって来ます。この先どんなことが起きても、絶対に声をあげてはいけません。おかとときの興を殺ぐことだけは絶対にしてはなりません。わたくしの隣で毅然としていてください。よござんすね」

明治時代も終わりの頃。病死した父の商売を継ぐため、東京から金沢にひとりの少女がやってくる。二代目「竜胆」を襲名した少女は、「おかととき」という怪異を夜な夜な「遊び」でもてなすことを求められる。

第30回電撃小説大賞大賞受賞作。おかとときとは何者なのか? 父は娘にも知らせずなぜこのような商売をしていたのか? 明治末期の陰惨なホラーファンタジー。何らかの仕掛けが施されていることは読んでいてすぐに気づくはず。よくある……いや、ミステリでもホラーでもかえってあまり無い仕掛けなのかな? 容赦のない、静かで美しい描写があまりに心を抉ってくれる。しかし、内容に触れずに語るのが難しい。帯に曰く「物語は、三度、進化する」。騙されたと思って読んでみるといい。