ジョン・クロウリー/大森望訳 『エンジン・サマー』 (扶桑社ミステリー)

エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)

エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)

「だが、わしらは笑うことができる。わしらにはわしらの<システム>、わしらの叡知がある。それでも、片脚であることに変わりはない。失われた片脚は、風邪とちがって、治ることはけっしてない。わしらはその欠落といっしょに生きていくすべを学ぶ。学びつづける」

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機械文明が崩壊し,新しい社会を築き上げた人々が暮らす遙か遠い未来.十七歳の少年,<しゃべる灯心草>(ラッシュ・ザット・スピークス)により語られるのは,生まれ育ったリトルベレアでの生活,<一日一度>(ワンス・ア・デイ)との恋,聖人,<リスト>,巨大な猫.クリスタルの切子面に記録されていく,旅立ちと出会いと広がる世界の有り様.
名著と知られた幻想文学の新訳復刊.訳者あとがきにあるようにポスト・ホロコーストものに属する作品なのだけども<しゃべる灯心草>のモノローグは瑞々しくユーモラスで読みやすい.語り尽くされる世界は独特の言葉で飾られながらも色濃い生活感が滲み出ている.類書によく見られる荒廃は感じられない.むしろ欠落したテクノロジーを「結び目」,「絆」に拠って生きる人々は力強くて頼もしささえ感じる.その世界観に強烈に彩られつつも,悩んで考えて旅をする<しゃべる灯心草>の姿は青春小説の主人公の普遍的なそれ.これで楽しくないわけないじゃない.面白かったです.