石川博品 『耳刈ネルリと奪われた七人の花婿』 (ファミ通文庫)

耳刈ネルリと奪われた七人の花婿 (ファミ通文庫)

耳刈ネルリと奪われた七人の花婿 (ファミ通文庫)

王を持たない本地民の僕にはナナイの気持ちがわからない。
生まれてからずっとすりこまれてきた敬意の対象がとなりに座っていて、お互いにかわることのない人間だといって手をさしのべてきている。
僕だったらその手を取れるだろうか。

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活動体連邦に属する王国民や本地民の子弟が集められる第八高等学校,通称八高は間もなく演劇大祭の時期を迎えようとしていた.ネルリたち一年十一組はみんなのアイドルチェリ先輩と成り行きで演劇対決をすることになった.しかも演劇大祭には連邦の文化英雄コーチキンが審査員としてやってくるという.波乱の予感がするではありませんか!
これは良い作品だなあ.基本は学園もののフォーマットに乗っかっているものの,そこに詰め込まれた情報の量と見せ方が半端なく上手い.主人公(ムッツリスケベ)の普段はコメディタッチの一人称の語りに,時折鋭いセンテンスを挟むことで,独特の世界観を余すことなく魅力的に語って見せている,というのが序盤の感想.第二維新によって様々な国の集合となった活動体連邦.多様な文化・歴史・考え方の交流.文化英雄コーチキン(プーシキンがモデル).父や兄弟,友人たちそれぞれに対して抱く思いの複雑さ.エトセトラエトセトラ.煩雑な情報を整理した上で,細やかなテキストで分かりやすく書くという,言うは易く行なうは難しをやってのけている.そしてクライマックスにやってくるのは劇中劇「耳刈ネルリと奪われた七人の花婿」.舞台上のシナリオとアクション,舞台袖の役者たちと裏方のドタバタ,客席で同時進行する陰謀,全員の激情を,全体の約三分の一のページ数を費やしてひとつながりに描いている.なんて気分のいい読後感なんだろうと.すげー楽しかったです.