森橋ビンゴ 『東雲侑子は短編小説をあいしている』 (ファミ通文庫)

東雲侑子は短編小説をあいしている (ファミ通文庫)

東雲侑子は短編小説をあいしている (ファミ通文庫)

「あのね、誰しもそういうところがあると思うの。自分は凄く壮大な物語の主人公で、いろんな出来事に遭遇して、いろんな人と出会って、別れて、そうやって物語が展開していくものだって。小説で言えば、凄く分厚い大長編小説みたいに」
でもね、と東雲はさらに言葉をつないだ。
「私はそうじゃないと思う。人間ってとてもちっぽけで、小説にしてみればせいぜい原稿用紙 50 枚とか 60 枚とかの短編小説みたいな人生しか送れないんじゃないかって」
俺は東雲の言葉に、何も言えなかった。

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何事にも無関心,無気力に生きてきた高校生,三並英太は,楽そうというだけで選んだ図書委員会で,東雲侑子と知り合う.週に二回,並んでカウンター業務を務めていた英太は,偶然から東雲の秘密を知る.
マルケスの『エレンディラ』と短編小説を愛する東雲侑子と,無気力な英太の,ビックリするくらい不器用な「もどかしく苦いラブストーリー」.むやみに投げやりな一人称の語りは正直読みやすいとは言えないのだけど,そのイライラも含めて愛おしく思えるのはなんなんだろう.幕間劇「ロミエマリガナの開かれた世界」も,その書かれている意味がだんだん分かってくるにつれて温度を上げてくる.
「人生は数十ページ程度の短編小説でしかない」という言葉とこのタイトルが,読み終わるころには最初とまったく別の意味に変わっていた.「少しでも多くの人に読んで欲しい」という作者の Tweet*1 にもなんとなくうなずける,前向きで素敵な小説でした.