ササクラ 『アジュアの死神』 (講談社BOX)

アジュアの死神 (講談社BOX)

アジュアの死神 (講談社BOX)

先に締めたのは、アガヅマだった。腕を引き、彼女に与えられた飛行時計を見せつけるように手の甲を向ける。人差し指を立て、次いで親指を、最後に中指を上げる。
はは、とニケは声を上げた。頬に亀裂でも入りそうな乾いた表情で彼女は笑う。
ヒノメにもヘルティアにも存在しない告白だ。タルヴィングの、遥かな昔に消滅した貴族たちが火遊びに交わした睦言だ。
――あたなのためなら、死んでもいい。
「そんなこと」ニケの囁きが風に紛れていく。「望んでないよ」

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ヒノメとヘルティアのつかの間の休戦は,ヒノメからの休戦によって破られた.ヒノメからヘルティアに亡命していた整備工アガヅマは,「緋の死神」と呼ばれたヒノメのパイロット,ニケと再会する.
デビュー作『緋色のスプーク』(感想)の続篇.情緒をたっぷりと含んだテキストは正直あまり読みやすいとは言えず,状況をつかむのに苦労する.まあ前作の物語をほとんど覚えていない自分が悪いのだと思う(読んでいくうちにポツポツと思い出した).戦争ものや戦記ものだと思って手を出すひともいるだろうけど,これは戦時下の恋愛の話であろう.ただし,好きだ愛してるだのといった言葉や表現はほぼ出てこない.そこがわかりにくさの一因だと思う.ただひとりの誰かのためであれば,ほかのものは目に入らない.行間に含まれるドロリと病んだ情念に気づき,たどり着いたラストに背筋がぞわっとした.まさに「不透明でドロっとした話」(あとがきより)でありました.なかなかひとには薦めにくい作品だけど良かったと思います.