- 作者: 樺山三英
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/06/22
- メディア: 単行本
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彼はたぶん『一九八四年』を必要としていた。それが凡庸であればあるほど切実に、彼はその悪夢を欲した。一九三七年を忘れるために。栄光と悲惨、二つに引き裂かれた、その歳月から立ち直るために。人は昼を忘れるために夜、夢を見る。耐えがたい悪夢、それさえも最悪ではない。決定も理解も不能な、不可解な昼と比べてみるなら、絶望に閉ざされた悪夢のほうが、まだしも心を安らがせるだろう。
一九八四年
古今東西の作品を下敷きにして,ユートピアを考察してゆく連作短篇集.螺旋階段を登り続けるジョージ・オーウェルにそっくりな男と,ガウディにそっくりな神の対話を足がかりにした考察「一九八四年」から始まり,「愛の新世界」,「ガリヴァー旅行記」,「小惑星物語」,「無何有郷だより」,「すばらしい新世界」,「世界最終戦論」,「収容所群島」,「太陽の帝国」,「華氏四五一度」と続く.三年近くかけて連載された作品ということもあるのか,切り口も語り口も様々.ある短篇では幻想的なイメージを描き,別の短篇では冷静な論考にさらりと大嘘を混ぜて世界を歪めてみたり,また別の短篇では狂った男をひたすらひどい目にあわせてみたり.一貫して繰り返し語られるのは,両義性というか二面性というか,そういうもの.栄光と悲惨,戦争と平和,遠いは近い,などなど.「nowhere =どこにもない場所」と,「now here =いま・ここ」が重ね合わされた状態を様々な形で見せてくれる.非常に掴み所がない,しかしとても刺激的で面白い物語だと思いました.