瀬尾つかさ 『ウェイプスウィード ヨルの惑星』 (ハヤカワ文庫JA)

ウェイプスウィード ヨルの惑星 (ハヤカワ文庫 JA セ 2-3)

ウェイプスウィード ヨルの惑星 (ハヤカワ文庫 JA セ 2-3)

生き物がみな、生存と繁栄のための合理的な行動を取ると考えるのは素人がよく犯す間違いだ、とケンガセンは知っている。

逆なのだ。たまたま合理的な行動を取った個体が偶然にも支えられて生き残ってきた、ただそれだけなのだ。

25世紀.地球は海面上昇によって地表の大半が海面に沈み,ミドリムシの変異体,エルグレナに支配されていた.地球の調査にやってきた木星圏生まれの研究者ケンガセンは,島嶼部で暮らす巫女のヨルと出会う.ふたりは菌類と藻類の共生体であり,知性を持つと言われている巨大な白い花,ウェイプスウィードの調査に赴く.

知性を持った藻類が支配し,人類がマイノリティになった地球を舞台にした海洋SF.宇宙へ進出した人類と地球に残った人類.地球人類と地球を覆うミドリムシ.それぞれの共生とコミュニケーションが主題になるのかな.決して派手ではないテーマを落ち着いた筆致で地道に描いていると思う.正直地味かなとも思うけど.物語のスケールに比べて,それを語る視点の狭さに不思議なギャップがあるかな.地球や宇宙ではなく,ケンガセンとヨルの物語という側面が強いんだろうか.肩肘張らず読めるファーストコンタクトSFでありました.

アズミ 『給食争奪戦』 (電撃文庫)

給食争奪戦 (電撃文庫)

給食争奪戦 (電撃文庫)

僕はこうして戦利品を並べて、ぼんやりと眺めている時間が好きだった。何が面白いって、消しゴムには使っていた人の情報がたくさん詰まっているのだ。

まず使い方で持ち主の性格が分かる。几帳面だったり、乱暴だったり、飽きっぽかったり。種類からは好みが分かるし、だいたいの値段から家が裕福か貧乏かだって想像できる。

消しゴムは、クラスメイトの《分身》だといっても大袈裟じゃない。

年に一度のバレンタインデー.ひとつだけあまることが確定した給食のチョコレートケーキをめぐって,教室の内外で裏工作・脅迫・裏切り・暴力が繰り広げられる.表題作「給食争奪戦」は小学生版『喧嘩稼業』だと思うの.他の収録作品は,消しゴム収集癖のある小学生がクラスのいじめっ子を救う「消しゴムバトル」.小学生四人組がゲーム感覚で繰り返す万引きとその理由を描く「万引き競争」.無口でクールな転校生の事情「転校少女」.そして,それらの出来事から数年後,高校生になった彼らの学園祭を描く「学園祭を台無しにしたのは誰だ」

第20回電撃小説大賞・電撃文庫MAGAZINE賞を受賞した表題作に,連載分と書き下ろしを加えた連作短編集.小学生たちのそれなりにシビアな日々と,短編ごとに提示される日常の謎が連鎖して,最後には収まるべきところにきれいに収まる.タイトルほどは甘くはない.冗談抜きで,連作短編のお手本みたい一冊だったと思う.想像していた以上に楽しかったです.

鴨志田一 『青春ブタ野郎はシスコンアイドルの夢を見ない』 (電撃文庫)

青春ブタ野郎はシスコンアイドルの夢を見ない<青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない> (電撃文庫)

青春ブタ野郎はシスコンアイドルの夢を見ない<青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない> (電撃文庫)

「あのさ」

咲太が声をかけると、のどかは目線だけ上げた。麻衣がやらない仕草。だから、見た目は『桜島麻衣』なのに、咲太は強烈な違和感を覚えた。

「なに?」

声は麻衣のもの。だけど、しゃべり方は違う。どこか警戒した口調にはトゲがある。本当の麻衣の話し方には、もっと余裕があるのだ。

二学期最初の日.麻衣さんが金髪の少女と入れ替わっていた.入れ替わったのはギャルメイクの新人アイドル舞浜のどか.麻衣さんの妹だという.

姉にコンプレックスを抱き反発する妹,そんな妹を気にかける姉,ふたりの入れ替わりとわだかまりを描く,青春ブタ野郎シリーズの第四巻.描写はとても丁寧.人格入れ替わりという題材は珍しいものではないし,仕掛けも淡々としていると思うのだけど,筆力だけで個性を出している.仕草や表情のちょっとした違いに加えて,置かれた立場ややるべきことの違いだったり,受けるプレッシャーの大きさだったり.ちょっとした違いでしっかり表現している.今回もまさしく「青春ブタ野郎」.良いものでした.アニメ放送までに既刊に追いつくようにするかな.

田中ロミオ 『人類は衰退しました 未確認生物スペシャル』 (ガガガ文庫)

人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル (ガガガ文庫)

人類は衰退しました: 未確認生物スペシャル (ガガガ文庫)

あー出た、サベツ的発言。教養がない奴にはこの作品の良さはわからないって? そんな理屈こねたらどんな駄作書いても自己正当化できちゃうってことに気付きなよ。そういう風に教養振りかざして人を見下すような奴をスノッブっつうんだい。

本編終了の数年から数十年後(たぶん)に起こったエピソードをいくつか記した書き下ろし短編集.童話そのままだったりUMAが出てきたりと,なんとも軽妙なほら話集になっている.特に良かったのが時間に関わるおとぎ話「じしょう未来人さんについてのおぼえがき」.出会いから別れまでの数十年を数ページに込めた,SF好きなら何かしら思うところが浮かぶであろう話.こういうのを書かせると本当にうまいなあ.

栗ノ原草介 『魔法少女さんだいめっ☆』 (ガガガ文庫)

魔法少女さんだいめっ☆ (ガガガ文庫)

魔法少女さんだいめっ☆ (ガガガ文庫)

才能がなければ、好きなこともやりたいことも、やってはいけない。

ずっと、そんなふうに思っていた。

でも――

高校生ハルは,かつて世界を救った魔法少女,ぷりるら☆遥奈の息子.永遠の十七歳にして銀河一かわいい母親に無理やり「二代目魔法少女」になる契約を結ばされてしまう.どうししても魔法少女になりたくないハルは,なんとか三代目を押し付けられる相手を探すことになる.

第12回小学館ライトノベル大賞ガガガ賞受賞作.これもある種のスポ根ものと言っていいかな.魔法少女に憧れながらも才能ゼロの少女が,「好き」の気持ちだけで努力し,ついに三代目の座を勝ち取るまでの物語.正直なところ盛り上がるまでが退屈で長いのだけど,熱い後半の展開はとても良い.憧れるもののためにまっすぐ努力すること,好きの気持ちと才能の関係を描いた,変化球のようでいてその実かなりストレートな話でした.