瀬尾つかさ 『横浜ダンジョン 大魔術師の記憶』 (スニーカー文庫)

横浜ダンジョン 大魔術師の記憶 (角川スニーカー文庫)

横浜ダンジョン 大魔術師の記憶 (角川スニーカー文庫)

すでに終電が近い時間だ。閑散とした通りを歩き、ドーム状の建物の前にたどり着く。

かつて、ここには横浜スタジアムという野球場があったという。

二十年前、その空間が、ほかの時空と重なり合った。

20年前.原理不明の時空のねじれによって,世界にいくつものダンジョンが出現した.ダンジョンから現れる怪物たちは,ダンジョンの出現と同じ時期に生まれ星繰り人(ルーンハンドラー)と名付けられる力を持つ子供たちでなければ傷をつけることもかなわない.そんな世界の横浜で,高校生の黒鉄響は,自分の星繰り人(ルーンハンドラー)の力と,前世の記憶を隠したまま生活を送っていた.

横浜に出現した横浜大墳墓の探索と,その周辺を描く前世もの.最近は異世界転生ものが強いので前世ものは珍しい,かもしれない.転生者である主人公が強く,文字通り無敵.意図してそうしているのは分かるのだけど,緊張感を維持するのが難しいし,ちと退屈だった.ダンジョン周辺の人間同士のいざこざとか,やるべきことをすべてやってて過不足はないんだけども,この一巻の時点では新鮮味もほぼなかった.

柞刈湯葉 『横浜駅SF』 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

横浜駅SF (カドカワBOOKS)

「富士山の山頂か」

「ああ。自然の地形は三八〇〇メートルくらいまでらしいがな。駅が積もりに積もってついに四〇〇〇を超えた」

花畑の窓からも黒富士が見えた。あの山もかつては雪と土壌を露出させる火山だったという。横浜駅が増殖をはじめてから二〇〇年あまり、もはや自然の山は本州にはほとんど残っていない。

改築を繰り返す横浜駅が自己増殖をはじめてから約200年.すでに本州の大半は横浜駅に覆われていた.駅の外側で育ったヒロトは,エキナカから現れた「キセル同盟」の男から,「18きっぷ」と呼ばれる端末ととある使命を託される.

自己増殖を続ける横浜駅.その構内を行く,400キロの旅の行く末にあるものとは.第1回カクヨムWeb小説コンテスト,SF部門大賞受賞作.構造遺伝界によって自己進化した横浜駅といい,今とは違う意味を持つようになった「駅」や「駅員」,「Suika」,「自動改札機」の異様な姿やJR統合知性体*1といい,ネタの密度が恐ろしく濃い.ページをめくるたびにネタの奔流に押し流される.

単にネタを詰め込んだだけではなく,エキナカの社会やJR北日本,JR福岡,うらぶれた四国のディテールも楽しい.素直に読めばディストピアなんだけど,九十九段下の生活をはじめ妙に気の抜けたところもあり,お気楽に読めるのは良いところだと思う.とてもバカバカしくて楽しい,とても良い奇想SFでした.



kakuyomu.jp

*1:Japan Railwaysではない

宮澤伊織 『僕の魔剣が、うるさい件について4』 (スニーカー文庫)

僕の魔剣が、うるさい件について 4 「僕の魔剣」シリーズ (角川スニーカー文庫)

僕の魔剣が、うるさい件について 4 「僕の魔剣」シリーズ (角川スニーカー文庫)

色褪せ、朽ちかけようとする《夜来たる》の鋼の上を、星が駆けた。

ああ――――見よ。

三六〇〇年かけて培われてきた、神と、人と、剣の織り成すとてつもない呪詛が、黒々と世界の上に降りてくる。

夏王朝の時代に,鍛冶神,蚩尤によって仕掛けられた刕蠱は,魔剣《夜来たる》(Nightfall)と《虚数》によって成されようとしていた.魔剣《夜来たる》と遣い手吏玖の物語,完結.かっこいい来歴と名前を持ったかっこいい魔剣の戦い.三千年以上かけた呪詛.やるべきことをすべてやった,完璧な現代伝奇小説だと思う.感想を書くたびに同じことを言っている気がするけど,タイトルに騙されず手に取ってみるといいさ.

渡来ななみ 『さくらが咲いたら逢いましょう』 (メディアワークス文庫)

さくらが咲いたら逢いましょう (メディアワークス文庫)

さくらが咲いたら逢いましょう (メディアワークス文庫)

桜の樹の下には屍体が埋まっている……という、有名な小説の書き出しがあるらしいけれど。

あたしとあなたの場合、それはあながち現実離れしていないわね。

桜の樹の下には、あたしたちが埋まっている。

桜の名所として知られる田舎町,千里町.ここには,時を超えてひとの縁を結ぶと言われる「トキノサクラ」の伝説があった.ある春の季節.五歳の僕は,半透明の不思議な桜の樹の下で歌う女性と出会う.

戦前から21世紀末まで.伝説の桜の樹が取り持つ,時間を超越した「縁」の物語.不思議な話なようでいて,肝心なところを上手にはぐらかしているという印象.ループものの一種と言えるのかもしれないけど,どうも説明が難しいな.帯やあらすじは「泣き」を強調しているのだけど,個人的には言いようのない不安が残る一冊でした.

野﨑まど 『バビロン II ―死―』 (講談社タイガ)

バビロン2 ―死― (講談社タイガ)

バビロン2 ―死― (講談社タイガ)

「そして我々は今、次の一歩を踏み出すことができるところに来ています。それは自殺を《黙認》する時代を経て辿り着く、自殺を《公に認める》時代です」

齋は誰に邪魔されることもなく、自らの主張を謳いあげる。

「自殺法とは、人がこれまでの間違った認識を覆して社会を変革する“市民革命”なのです」

「自殺法」の提唱と64人の同時自殺ののち,新域の長,齋開化は姿を消した.第一回の新域域議会議員選挙が近づくなか,齋の行方を追うべく,東京地検特捜部検事,正崎善を筆頭にした法務省・検察庁・警視庁をまたいだ機密捜査班が組織される.そんな正崎たちをあざ笑うかのように,齋は自殺法の賛否を問う公開討論の開催をネット経由で呼びかける.

自殺は本当に悪なのか.「善」と「悪」について議論し,考え続けること.とても主語が大きくて,ある意味穏当なテーマに,とんでもない仕掛けと毒を流し込んだかのような.けっこうな力技を使っている気もするのだけど,それ故に想像がつかないということもある.「読む劇薬」の煽りがまったく大げさではない.すごいすごい.この二巻の時点でとんでもない傑作.しかも次でどうなってしまうのかぜんぜん想像がつかない.本当に楽しいし幸せなことだと思うのです.



kanadai.hatenablog.jp