相沢沙呼 『小説の神様 あなたを読む物語(上)』 (講談社タイガ)

小説の神様 あなたを読む物語(上) (講談社タイガ)

小説の神様 あなたを読む物語(上) (講談社タイガ)

想像、できないのだろう。

読者の想像力は、そこまで落ちたのだ。

僕たちが相手にしている読み手は、その程度の想像力しか持ち合わせていない。

「帆舞こまに」というペンネームで合作小説を発表した一也は,共作相手の小余綾が言った続刊を出したくないという言葉の真意を測りかねていた.一方で,文芸部の後輩,成瀬は自分が物語を書くきっかけになった友人との再会を望んでいた.

物語はひとの心を動かすのか.そもそも現代において,物語は誰かの心まで届くのか.ネットの感想に傷つけられ,違法な海賊版サイトとその利用者に絶望する.努力や才能は,運に勝てない.「物語」への想いが辛辣な言葉で語られる,『小説の神様』の続編.読者への諦念を叫ぶかのように,まるで小説の技巧をかなぐり捨てたかのような直接的な言葉を叩きつける.果たしてこの醜い現実に物語の居場所はあるのか,どういう結論を出すのか.今月に出る下巻を待とうと思います.

物語は人の心を動かさない。

わたし自身の存在が、どうしようもなくその事実を証明していた。

kanadai.hatenablog.jp

名倉編 『異セカイ系』 (講談社タイガ)

異セカイ系 (講談社タイガ)

異セカイ系 (講談社タイガ)

あー。なにから書けばいいかな。いままでとちょい勝手ちゃうから戸惑う。

要するに。

助けてください

ゆうわけです。

小説投稿サイトでトップ10入りを果たしたおれは,ひょんなことから現実と自分の書いた小説世界を自由に行き来する能力を手に入れる.現実と異世界の行ったり来たりをエンジョイしていたおれは,小説世界の王女が間もなく殺されてしまう運命を悟る.それは,おれが書いた小説の筋書き通りだった.

第58回メフィスト賞受賞作.現実のおれ=作者=主人公の自己満足によって意図せず生まれてしまった異世界.現実も異世界も物語も含めたすべてのセカイを救おうとするおれは,「作者への挑戦状」を突きつけられる.なろう小説から生まれた世界がメタ的に現実を巻き込んでゆく,クラインの壺状の構造は実にメフィスト賞らしい.

なかなかひねくれた手法と対象的に主人公が徹頭徹尾善人で,ここはまったくメフィスト賞らしくない.物語と現実の構造と関係,作者が「世界」を作り操ることのエゴ,作者の生み出したキャラクターの自由意志の尊重.物語への愛ゆえに心から悩み,正直に行動する関西弁の主人公には胸を打たれた.テーマに対する真摯な姿勢が見えて,期待していたのとはだいぶ方向が違ったけどとても良いものでした.

酒井田寛太郎 『ジャナ研の憂鬱な事件簿4』 (ガガガ文庫)

ジャナ研の憂鬱な事件簿 (4) (ガガガ文庫)

ジャナ研の憂鬱な事件簿 (4) (ガガガ文庫)

「ええ、確かに部屋は荒らされています。しかし、なんというか……違和感があるといいますか……おかしな言い方かもしれませんが、空き巣のスタンダードから外れているような気がするのです」

ジャナ研こと海新高校ジャーナリズム研究会の面々は,鎌倉の老人介護施設にボランティアに訪れる.そこで起こった盗難未遂事件が,啓介と真冬の距離に微妙な影を落とすことになる.

真実を探り当てることが本当に正しいことなのか.悩みながら日常の謎に挑み続ける,学園ミステリシリーズ四巻は,「金魚はどこだ?」「スウィート・マイ・ホーム」「ジュリエットの亡霊」の三作を収めた連作短篇集.真実は危ういもの,軽率に触れてはいけないものだとする啓介と,それでも真実はひとが前進するために必要なものだという真冬のスタンスの違いがここではっきりと対立することになる.近づいたり離れたりしていたふたりの,「真実」をめぐるあやふやな綱渡りが,ひとつの壁にぶつかった瞬間が見えたという.どちらかというと辛いことのほうが多いけど,なんか目が離せなくなる青春小説.しっかり負い続けたい.

鴨志田一 『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』 (電撃文庫)

青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない (電撃文庫)

青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない (電撃文庫)

一番に思い出すのはやはりあの言葉……。

――やさしさにたどり着くために、わたしは今日を生きています

一体、どんな経験をすれば、こんなことを言えるようになるんだろうか。

――昨日のわたしよりも、今日のわたしがちょっとだけやさしい人間であればいいなと思いながら生きています

あのときのように、傷付いた人をあたたかく包み込むやさしさを持てるのだろうか。

12月に入ったころ.咲太は大学生になった初恋の相手,牧之原翔子と再会する.やむない事情から,咲太は翔子を自分の家に同居させることになる.一方で,中学生の牧之原翔子は入院を続けている.大学生の翔子が言うには,彼女は「時々大きくなる」のだという.

中学生の翔子と大学生の翔子.ふたりの翔子が同時に存在することの意味を知った咲太の決断と,それがもたらした結果.麻衣の誕生日からクリスマスまで,約1ヶ月間の出来事を描くシリーズ第六巻.

「やさしさ」に憧れるようになったこと.強烈な憧れを「初恋」と勘違いしたこと.生きたい,死にたくない,生きてほしいという願い.何が正解かわからないけれど,誰もが相手を想って,「やさしさ」を持って行動する.これぞ青春,という小説.胸にくるし,ラストにはうわーっとさせられた.これは続きを早く読むしかない.というか,リアルタイムだとここから4ヶ月待たされたのはきつかったろうな…….

川岸殴魚 『編集長殺し3』 (ガガガ文庫)

編集長殺し (3) (ガガガ文庫)

編集長殺し (3) (ガガガ文庫)

「もちろんそうです。僕の同期のみんなも、ちゃんと責任感を持ってシリーズを終わらせ、責任感を持ったまま作家生命も終わらせていきました。おそらくまだ責任感を持ちっぱなしで待機中ですよ。そろそろ持ってる手が痺れてるんじゃないですかね」

原西さん、またさらっと嫌なことを……。

ギギギ文庫編集部に配属された新人小山内は稀に見るヤバいやつだった.夢と情熱を持った,ドジで頑張らない「憎める後輩」にして,「後輩界の奇行種」.川田は先輩として彼女を監視するよう編集長から指示される.本当にやばいのは新人と編集部,どっちだ.

ライトノベル業界のヤバい日常をするどく切り取るシリーズ三巻.デビューしたところでぜんぜん儲からないラノベ作家業,編集者による作家の承認欲求コントロール方法,なろう小説の発掘,ツイート炎上未遂.なんか今回ネタがやたらと黒くなかった? 締め切りを2週間も破ってしまった(あとがきより)焦燥感が影響しているのか,ネタのリアリティや黒さがギャグで隠しきれていないというか,裏から透けて見えるというか.Twitter炎上ネタは現実でのちょっと前の炎上案件を思い出して,笑いと同時に軽い胃痛が出た.なんだかんだと楽しかったけど,さすがの川岸先生といえども自分(の業界)のことになると冷静にはなりきれないということなんでしょうか.