柞刈湯葉 『横浜駅SF 全国版』 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF 全国版 (カドカワBOOKS)

横浜駅SF 全国版 (カドカワBOOKS)

人間の到達できないエキナカにアンドロイドを送り込む彼らの事業は、よく宇宙開発に喩えられる。横浜駅はいわば宇宙なのである。

本州を覆い尽くした横浜駅とそこに根付いた社会の姿を,「瀬戸内・京都編」「群馬編」「熊本編」「岩手編」で描く.『横浜駅SF』の全国版,という名の続編.読んでて実感したのは,単なるディストピアに留まらない横浜駅という舞台の面白さよ.横浜駅への潜入のために作られたアンドロイドだったり,横浜駅の侵入を水際で阻止するJRだったり,分断されたことによって様々な形態を持つようになった社会の姿だったり.読んでいてまったく飽きない.今回書かれた話に限らずとも,いろいろなアプローチがありそうで夢が広がる.とても楽しかったです.


それじゃ、ここできみとはお別れだ。バイバイ。

でも、そんなに遠くに行くわけじゃないよ。

どうせこのエキナカじゃ、地理的距離はたいした意味を持たないんだ。ぜんぶスイカネットでつながっているのだからね。



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旭蓑雄 『青春デバッガーと恋する妄想 #拡散中』 (電撃文庫)

青春デバッガーと恋する妄想 #拡散中 (電撃文庫)

青春デバッガーと恋する妄想 #拡散中 (電撃文庫)

俺はそのバグを見て、不条理劇を得意としたイヨネスコという劇作家の「犀」という作品を思い出した。彼は、人々の中にファシズムが浸透していく様を、犀化する人間で表現した。

変わっていく。異なった考えのもと存在するものが変化し――均一化されていく。

その様はシュールであり、面白く……かつ恐ろしい。

アキバ特区の都市伝説.パラレルと呼ばれる拡張現実に覆われたこの街では,人々がつけたデバイスを経由してその行動を監視し,ビッグデータ化された意識を収集していると噂されていた.アキバ特区でバイトをしている聴波歩夢は,スクールカースト上位のクラスメイト,衣更着アマタがホロ・コスプレをしながらARゲームに興じるところに出くわしてしまう.

意識を学習した街に,人の無意識が形を持ったバグを呼び起こす.空想と現実が限りなく近づいた都市で,技術とひとの意識は互いを変えるか? みたいな哲学的な小説.ARが当たり前になった,ハードSF色の強い導入の風景はなんとなくチャールズ・ストロスを思い出す.

自己実現の道具としての拡張現実.現実と拡張現実の間にある認識のズレ.拡張現実の自分とファラリスの雄牛.オーウェリアン,イヨネスコ,「怒りの葡萄」,ファラリスの雄牛といった単語が普通に使われるあたりに,作者の教養と問題意識が感じられる.それでいて変にわかりにくくせず,オタク小説らしさもそこそこで,バランスの取れたエンターテイメントになっていると思う.アキバ特区という舞台を縦横無尽に使った,楽しいSFであり思弁小説であり青春小説でありました.


……なるほど、心が見えないものだなんて、確かに、前時代的な考えなのかもしれない。

宮澤伊織 『そいねドリーマー』 (早川書房)

そいねドリーマー

そいねドリーマー

「私たち、なんでお互い好きなんだろう。最初に夢で逢ったときから、いきなり恋人だったよね」

「一緒に寝たからじゃないかしら」

「人聞き悪う」

高校生の帆影沙耶は半年に渡る不眠に悩まされていた.眠いのに眠れない,顔色は悪いし頭は働かない.保健室で休んでいた沙耶は,そこに現れた金春ひつじと出逢った次の瞬間に眠りに落ち,夢の中で恋人になっていた.

人々の眠りを人知れず守るために活動する5人の女子高生を描く「添い寝ドリームSFノベル」.役割を分担しながら夢と現実,〈ナイトランド〉と〈デイランド〉を行き来し,「スイジュウ」を退治していく.基本的なノリはほぼハックアンドスラッシュのそれだと思う.夢と現実が境目を曖昧にするにしたがって,もうひとつの柱である「百合」が濃くなってゆく,というか.個人的には強く刺さる残る話ではなかったけど,良いエンターテイメントだと思いました.↓のインタビューを読んでみて,何かしら引っかかるものがあるならいいのではないでしょうか.



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乙野四方字 『ミウ -skeleton in the closet-』 (講談社タイガ)

ミウ -skeleton in the closet- (講談社タイガ)

ミウ -skeleton in the closet- (講談社タイガ)

「さて」

芝居がかった仕草で本当にそう口にしたミユは、少しの間沈黙して、あたしにはにかんだ笑みを向けてみた。

「一回言ってみたかったのよね、これ。でも思ったより恥ずかしいわ」

卒業と就職を目前にした大学生の池境千弦は,実家でたまたま手に取った中学の卒業文集である文章を目にする.一ヶ月で引っ越していった元同級生が,いじめを告発したノートを学校に隠していったのだという.興味を惹かれて検索をした千弦は,元同級生のSNSアカウントを見つけるが,その同級生は「自殺します」という言葉を二年前に残して更新を止めていた.

SNSアカウントの乗っ取りによる死者の再生,同級生の不可解な死,自分の進路を決定づけた同級生との再会.灰色の,何も感じることのなかった日々が大きく変わろうとしていた.病的なけれん味の利いた,小説家と編集者の百合ミステリ.登場人物全員がどっかしらおかしいし,いかにも講談社らしい雰囲気がある.帯の煽りはないほうが良かった気がするが.さっくりと楽しませていただきました.

鴨志田一 『青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない』 (電撃文庫)

青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない (電撃文庫)

青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない (電撃文庫)

きっと、楽しそうに、うれしそうに、「ほっぺたが落ちそうです! お兄ちゃん、かえでのほっぺたはまだついてますか?」とか言ってきたに違いない。

けれど、その光景を咲太が目にすることはもうない。その声を咲太が聞くという願いはもう叶わない。胸にちくりと走る痛みこそが、この二年間、『かえで』が確かに存在していた証だから……。

3学期.咲太の妹の花楓は,兄と同じ高校に進学したいと打ち明ける.少しずつ外へ出られるようになっていた花楓の大きな決意を,咲太たちは全力でサポートすることになる.

ひとつの区切りを越えて,新たな一歩を踏み出したシリーズ第八巻.思春期症候群もひと休み,話の中心は引きこもりだった妹の高校受験,彼女の大学受験,来年に迫った自分の進路.正直,ここだけだと非常に地味な巻.ここまであったいろいろなことが落ち着いて,やっと当たり前のことに悩むことができるようになったんだ,と思うと感慨深い.「いっぱい泣いて、たくさんの人たちに支えられ、やっと取り戻した“当たり前な日常”」という煽り文句を見るだけでちょっと泣ける.

これでようやく最新刊に追いついた.引き続き追いかけようと思います.