旭蓑雄 『はじらいサキュバスがドヤ顔かわいい。② ~そ、そろそろ私を好きと認めたらどうですか……?』 (電撃文庫)

「サキュバスと健全に付き合っていくためには、その状態を抜けださなければならない。彼女たちは魅了の力を持っているが、それに支配されているうちは、それを本当の愛と呼ぶことはできない」

男性恐怖症を克服しようとするクソ雑魚サキュバス,ヨミと,二次元にしか興味のない高校生,ヤス.コミケに出向いたふたりは,ヨミの知り合いである絵師しろみんにとある相談を受ける.

ちょっと変わったふたりのラブコメ第二巻.サキュバスの持つ魅了の力がどうやって誰かを幸せ,あるいは不幸にするのか.基本的にヨミがかわいいだけの他愛ない話なんだけど,書くべきことはしっかり書いているし,ストレスもなく読めて楽しい.まあ今のところ語ることもあまりないのだが.明日には三巻も出るし,引き続き追っていきたいと思います.

神西亜樹 『東京タワー・レストラン』 (新潮文庫nex)

東京タワー・レストラン (新潮文庫nex)

東京タワー・レストラン (新潮文庫nex)

「牛の美味しさに戻るけど、牛は美味しい上に無駄がないのさ。体の肉という肉に名前がついている。その上、乳まで好まれる……君たち人間は本当に乳が好きだよね。乳を欲しがる。もはや人のメスの乳より、牛のメスの乳の方を好んで摂取しているんじゃないか? もう少し同族のメスに配慮した方が良いかな、と時々思うよ」

「ご忠告痛み入ります。検討します」

どこか遠くから聞こえる音に起こされた青年,匙足(サジタリ)が目を覚ますと,そこは150年後の東京タワー・レストランだった.牛のような斑模様のあるシェフ,モウモウのために料理を作ることになったサジタリだったが,未来世界の料理はすべてゼリー状食品になっていたのだった.

ちょっと未来のお料理小説,かと思わせといて,読んでみたらホラにホラをごてごてと積み重ねて作りあげたインチキ未来史SF.……でも実は,みたいな.いろいろあって一個の共同体と化した東京タワー.3D出力されたクローンが基本となった畜産(800回に1回くらいのエラーで人間の身体構造を持った家畜が生まれる).文化的焚書坑儒によって世界から抹消されたパスタが,極東のナポリタン(パスタとして論外のため無視された)の存在によって生き延びたという歴史.詰め込みまくったユーモラスなホラと,それに付随する胡散臭いうんちくがいちいち楽しい.もともと装飾の多い文章を書くひとだったけども,それがテーマと噛み合って良い方向に働いていたと思う.特に,それほど期待していなかった料理の描写が想像以上にみずみずしくて素晴らしいんだ.

終盤に進むに連れて荒削りなところも目立っていくけど,デビュー作である坂東蛍子シリーズの雰囲気を残しつつ,ぐっと読みやすくなっている.傑作でございました.しかし,タイトルも帯も無難すぎて届くべきところに届かない可能性を考えるともったいない.君に届け.



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九岡望 『言鯨16号』 (ハヤカワ文庫JA)

言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)

言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)

「あのな、それは文字だ。俺が思うに文字は『言葉』じゃない」

「どういう意味です?」

「言葉は風にのるもんだ。人の口から出て音になって、そうして初めて意味を持つ。俺たちの言葉はそういう風にできていて、つまり、紙に書かれた文字には力が無い。標識とかと同じでただの記号だ。過去の、もう生きてない言葉ってわけだ」

言鯨(イサナ)によって創造された,砂に覆われた世界.人々は,言鯨(イサナ)の遺骸の上に作られた,15の鯨骨街で生活をしていた.骨摘みのキャラバンで学者になることを夢見ながら働いていた旗魚は,十五番鯨骨街の近くで運び屋の鯱と,憧れの歴史学者,浅蜊に出会う.

世界の神である15体の言鯨(イサナ)が復活する.人と蟲と砂,そして言葉で出来た世界の真実をめぐる冒険物語.活劇あり,巨大生物あり,世界の崩壊ありと,一本の長編ファンタジー映画を観たかのような気分.アクションは痛快で,真実は切ない.ちょっと前に読んだ「サムライ・オーヴァドライブ」もそうだったけど,エンターテイメントとして完成されていると思う.



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オキシタケヒコ 『筺底のエルピス6 ―四百億の昼と夜―』 (ガガガ文庫)

筺底のエルピス 6 -四百億の昼と夜- (ガガガ文庫 お 5-6)

筺底のエルピス 6 -四百億の昼と夜- (ガガガ文庫 お 5-6)

鬼は人間だけに憑依する。だがそれは、この惑星上の話でしかない。

もし、殺戮因果連鎖憑依体の襲撃が、この宇宙に普遍的に存在する現象だったとしたら。

宇宙から知的生物を滅ぼし尽くすものが、鬼なのだとしたら。



地球外文明の声が決して届かないのは――殺し尽くされているからだとしたら。

《門部》,《ゲオルギウス会》,《I》(ジ・アイ).人類史のはじまりから現在に至るまで,歴史の裏で殺戮因果連鎖憑依体を狩り続けてきた三組織の代表者が集まった.

人類,異星知性体,殺戮因果連鎖憑依体.三者の歴史が語られ,繰り返されてきた捨環戦の末に,人類史の終わりが始まろうとしていた.終わりと始まりの間にある「継続」を描く第六巻.時空が入り組んだ物語の一端が明らかにされ,バトルがないのにこの緊張感よ.なぜ《三》なのかの理屈や,神話やらオカルトやらいろんな方面に広げた風呂敷がどれもこれも楽しすぎる.次も早う,早う.気長に待っております.

総夜ムカイ 『青色ノイズと〈やきもち〉キラーチューン ワケありJKと始める男装V系バンド』 (MF文庫J)

青色ノイズと<やきもち>キラーチューン ワケありJKと始める男装V系バンド (MF文庫J)

青色ノイズと<やきもち>キラーチューン ワケありJKと始める男装V系バンド (MF文庫J)

「魔法? って、それ……ウイッグだよな……?」

化野はちょこんと跳ねた猫耳に手を触れ、頷いた。

「これはボクが――ビジュアル系に生まれ変わる魔法なのさ!」

自分の声にコンプレックスを持つ高校生,大上透.文化祭ライブで大失敗したトラウマを抱えていた彼は,同級生の化野音子にビジュアル系バンドに誘われる.水色のウイッグで男装し,教室での地味な姿とは別人になった化野との出会いが透を変えていく.

理想の自分に生まれ変わる魔法,それはビジュアル系ロックバンド.第14回MF文庫Jライトノベル新人賞審査員特別賞受賞作.デビュー作にこれを言うのはおかしいかもしれないのだけど,ザ・若書きというか,とにかく青臭い.書きたいことがまとめきれていない感じがするし,どのキャラクターを描きたいのかわからない,ポエジーで目が滑る(ライブシーンで顕著)といった欠点も多いのだけど,若さと勢いだけはひたすらに感じた.

あと内容とは関係ないのだけど,あとがきに伏せ字をつけて謝辞を書くのなら,まえがきで「敬愛する西川貴教に捧ぐ」とか載せるくらいやったほうが良かったのではないかな.