ミサキナギ 『リベリオ・マキナ ―《白檀式》水無月の再起動―』 (電撃文庫)

リベリオ・マキナ ―《白檀式》水無月の再起動― (電撃文庫)

リベリオ・マキナ ―《白檀式》水無月の再起動― (電撃文庫)

「――《白檀式》の真のコンセプトは愛」

1960年.それまで存在が公になっていなかった吸血鬼の王,ルートヴィヒが人間に「奴隷宣言」を発令する.卓越したオートマタ技術を持つヘルヴァイツ公国は,対吸血鬼戦闘用オートマタ《白檀式》五体を占領されたノイエンドルフ地方奪還作戦に投入する.それから十年,1980年.「不適合」として眠らされていた六体目の《白檀式》,水無月が目を覚ます.

第25回電撃小説大賞銀賞受賞作.大戦後の世界,人間とオートマタと吸血鬼が暮らす中立国で,己の存在意義に悩む戦闘用オートマタの物語.対吸血鬼用オートマタとして生まれた少年が,吸血鬼と共存する世界で,その戦闘衝動とどう向かい合うか.テーマやガジェットは面白いと思うんだけど,どうも詰めの甘さが見える.「老朽化したオートマタは暴走することがある」ってそんなものを民生化するなよ,せめて車検みたいな制度を用意せいよ,とか,吸血鬼のテロリストの動機がそれかい,とか.設定さえ詰めてくれれば悪い小説ではないと思うのだが.

冬月いろり 『鏡のむこうの最果て図書館 光の勇者と偽りの魔王』 (電撃文庫)

鏡のむこうの最果て図書館 光の勇者と偽りの魔王 (電撃文庫)

鏡のむこうの最果て図書館 光の勇者と偽りの魔王 (電撃文庫)

「つまり、悪を倒すために、関係ない奴らまで巻き込む勇者に、疑念を覚えたってことか」

ここはパライナの北端,世界の果てにある最果て図書館.訪れるひとはめったになく,魔物たちと記憶のない図書館長ウォレス,メイドのリィリが静かに暮らしていた.ウォレスはある日,倉庫にある鏡の向こう側に「はじまりの町」が映っていることに気づく.そこで鏡越しに出会った少女ルチアは,魔王を討伐に向かった勇者を助けたいのだと言う.

誰も知らない世界の果ての図書館から見守る,勇者と魔王の物語.第25回電撃小説大賞銀賞受賞作.RPGに影響を受けた部分が多いと思われるファンタジー.世界のあちこちにある《空間》という独自の存在が面白い.人間でも魔物でもないが,世界を維持しようとする意思を持ち,それが故に魔王や勇者を生んでしまう,という.なんとなく「Fate/hollow ataraxia」のことも思い出した.ただし,本格的なファンタジーとゲーム的なファンタジーのどちらに重点を置くのか,境目が曖昧なのはかなり気になった.

渋谷瑞也 『つるぎのかなた』 (電撃文庫)

つるぎのかなた (電撃文庫)

つるぎのかなた (電撃文庫)

嬉しいぞ。正真正銘、お前もこっち側らしい!

「我ァあああ―――――――――――――――ッ!!」

悠の咆哮で、硝子がびりびりと揺れる。それがどうしたと、快晴もまた吠えた。

「殺あああアアアあアア――――――――――っ!!」

さあ、行くぞユーくん。この日のために生きてきた。昔のことを覚えてなくても構わない。たった今からのこの名前――生涯覚えていてもらう!

かつて最強と呼ばれながら,剣を捨て表舞台から姿を消した剣鬼,悠.高校剣道界最強の笑わない剣士,快晴.ふたりの剣士は,つるぎのかなたで再会を果たす.

第25回電撃小説大賞金賞受賞作は,剣道をテーマにした青春群像劇.自分を負かす者を待望する剣姫,吹雪.偶然の出会いから剣道部に入ることになる未経験者の史織.登場人物が非常に多く,正直なところ読みやすいとは言い難い.それに剣鬼だの剣姫だの,いくらトップクラスとはいえ高校の剣道部じゃないか,みたいな気持ちも湧いてくる.

しかし,やりすぎなくらいの熱が込められた試合の場面を読むと,そんな気持ちも吹き飛ばされそうになる.たかが剣道部,されど剣道部.剣道の試合はこういう風に描くのか,掛け声はこういう風に描くのか,という新鮮さと勢いと熱.それに,登場人物は多いけど,モブと言えるキャラクターがいないのよな.全員に何かしらの見せ場を用意している(読みにくさと表裏一体ではある).全体的に見ると荒削りにもほどがあるけど,前のめりな創作姿勢は嫌いにはなれない.


小さく礼。「お願いします」の声が重なる。同時、悠の声が無意識に漏れた。

一歩、二歩、三歩。『剣姫』が威風堂々、世界の中心で剣を抜く。……ああ。

「綺麗だ」

木下古栗 『人間界の諸相』 (集英社)

人間界の諸相 (単行本)

人間界の諸相 (単行本)

カリスマ全裸公然わいせつナンパ師、早乙女アキラは股間にフェイクペニスの揺れるレザービキニのみを身につけ、柔らかなスポットライトに照らされた舞台にごく自然な歩みで登場した。
(中略)

「皆さんこんにちは、カリスマ全裸公然わいせつナンパ師の早乙女アキラと申します。とはいえ、私も基本的には捕まりたくないため、こんな格好で妥協しております」

現代の清少納言,菱野時江とその周辺の人々が起こす数々のハチャメチャを描いた短編集.全裸,勃起はもはや当たり前.ベローチェの抹茶ラテを愛する前大統領が「YES YOU CAN!」の叫びとともに勃起したジュニアの画像を取り出すだの,チノパンの下で押さえつけられる玉と竿の「位置情報」だの,カリスマ全裸公然わいせつナンパ師の公演だの.毎度のことながらひどい,というか品がないことこの上ない行為を軽快なテキストで謳い上げてゆく.そんな中で,「活字市場」は珍しく普通の奇想小説っぽさがあってびっくりすると同時に新鮮だった.(AVの)タイトルは長くないと売れない,といわれる意味がよくわかるであろう.

小川一水 『天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1』 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標X 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)

「2PAにできることもお目にかけたことですし、そろそろお話ししてもよろしかろう。――我々がどうやってほとんどのものを失い、それからこの巨大な殺戮艦隊が、どうやって我々を手に入れたのかということを、ね」

そして彼は、もうひとつの三百年の物語を始めた。

西暦2804年,数百年に渡るヒトの物語が決着する.三ヶ月連続刊行の完結篇PART1.九巻14冊を費やして語られてきた数百年,数千年分の伏線が掘り起こされ,ラストに向けてひとつの歴史が綴られる.そういう意味だったの!? だとか,今さらそれ!? みたいな仕掛けがここに至って次々と出てくるのがすごい.与太だと思っていたPPCISM(ピピシズム)(無限階層増殖型支配型不老不死機械娼像)(ピラミッドスキーム・プロパゲーティング・アンド・コントローリング・インモータル・セックスマシン)にちゃんとした意味があったのが個人的にいちばん驚いたこと.