草野原々 『大進化どうぶつデスゲーム』 (ハヤカワ文庫JA)

大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

「こんな宇宙いやだよねぇ。ということで、ゲームを開始しよう! 大進化どうぶつデスゲームのクリア条件は、宇宙が書き換わった原因である知性ネコの進化を止めて生命史を元に戻すことだよ。具体的には、八百万年前の北アメリカにタイムスリップして異常進化したネコの先祖をぶっ殺すんだ。それで宇宙は元通り。サルになったみんなも、ヒトに戻るよ!」

突如,ネコのような怪物の襲撃を受けた星智慧女学院3年A組.大混乱に陥る教室に現れたシンギュラリティAIのシグナ・リアは,3年A組の生徒たちがデスゲームに参加して勝たなければ,人類の進化はリセットされ,知性ネコが支配する宇宙に書き換えられてしまうと言う.3年A組の生徒たち18人は,人類の命運を賭け800万年前の北米へと赴く.

種の進化を賭けたデスゲームがはじまる.800万年前のサバンナを駆ける「青春ハード百合SF群像劇」.同日刊行の『これは学園ラブコメです。』といいこれといい,さてはキャラクターに興味がないな? ワンアイデアを敷衍しつついろいろなことをやっているのだけど,どの方向においてもいまひとつ印象が薄い.知性ネコがサルを抑えて霊長になるための進化の仕組みなど,面白いところもあるとはいえ,動物のうんちくが多かったなあ,みたいな煮え切らない感想ばかりが残った.



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草野原々 『これは学園ラブコメです。』 (ガガガ文庫)

これは学園ラブコメです。 (ガガガ文庫)

これは学園ラブコメです。 (ガガガ文庫)

理解してはいけなかった。キャラクターがストーリーの構造を理解してはいけないのだ。だが、メタフィクション的存在であるまどかと長く接してきたこと、そして無数の競合するストーリー展開に流されてきたことが、圭にそのことを理解させてしまった。

その理解の副作用は大きかった。自身の虚構性があらわになってしまったのだ。自分がストーリー構造の奴隷であることをはっきりと理解してしまったのだ。

どこにでもいる高校生の高城圭は,ピンク髪の幼なじみとともに学園ラブコメのような学校生活を送っていた.そう,圭は正真正銘,ラブコメの主人公だったのだ.「虚構を作る力の擬人化」であるまどかと力を合わせ,SFやミステリやファンタジーの侵略から,学園ラブコメであるこの物語を守るのだ.

『構造素子』に触発されて書き始めたという「ハイテンション×メタフィクション学園ラブコメ」.虚構(フィクション)の存在を,メタフィクションにメタフィクションを重ねて語ってゆく.フィクションと現実の関係だったり,フィクションの構造だったり,フィクションにとっての毒である「なんでもあり」だったり.

『構造素子』が基礎編だとしたらこっちは応用編というか,『構造素子』に学園ラブコメのスキンをかぶせてわかりやすくしたものというか.スラップスティックでバカなメタSFとして単品でも楽しいのだけど,『構造素子』とセットで読んでみるとより良いかもしれない.なにせヒロインが河沢(こうぞう)素子だし,どのくらいインスパイアしているのかわかるとより楽しい,と思うので.



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酉島伝法 『宿借りの星』 (創元日本SF叢書)

宿借りの星 (創元日本SF叢書)

宿借りの星 (創元日本SF叢書)

「よいか、マガンダラ。奪還戦争は再びはじまったのだ。しかも敵は以前よりも遙かに狡猾な手を使っておる。御惑惺様に誓って、我々は卑徒(ひと)の侵略を食い止めなくてはならん。卑徒の巣を滅ぼさねばならん。判るな」

その星では,かつて人間たちを滅ぼした生物たちが社会をつくり暮らしていた.罪を犯したため,尾を切断されたうえで国を追放されたズァングク蘇倶(ぞく)のマガンダラは,命からがらの放浪の末にたどり着いた土地で,滅んだはずの人間が思わぬ形で生き残っていることを知らされる.殺戮生物と卑徒(ひと)の奪還戦争は再びはじまろうとしていた.

咒漠に落とされたマガンダラは,宜兄弟のちぎりを交わしたマナーゾと旅に出る.「皆勤の徒」の著者の初長編.導入こそものものしいものの,次々と現れる不気味で魅力的な生物たち,それらが織りなす社会や生態,そして倶土(くに)宇視(うみ)などありとあらゆる造語で語られるストーリーに惹き込まれる.時折妙に人間臭いユーモアが挟まるのは意図したものなのかな.ストーリーラインは意外とシンプルで,雰囲気としては「けものフレンズ股旅編」とでも言えると思う.作者自身の手によるイラストと造語に頭が馴染んだあたりから,徐々に強くなる卑徒(ひと)の陰と世界の謎.一気に読ませられた.楽しゅうございました.



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川岸殴魚 『編集長殺し5』 (ガガガ文庫)

編集長殺し 5 (ガガガ文庫)

編集長殺し 5 (ガガガ文庫)

「編集者たるもの、作家に怪我はさせないんよ。驚くほどソフトタッチなんよ」

「そう、削っていいのは売れてない作家だけね」

ギギギ文庫の名物であるドS幼女編集長の様子がおかしい.もしかして転職を考えているのではないだろうかといぶかる編集部員たち.これではただの幼女ではありませんか.

大量の新人賞の下読み,前年比売上40パーセントマイナスの大爆死からの役員による「激励」,ソシャゲのシナリオライティングに奪われる作家たち.逆境だらけのライトノベル業界をまろやかなギャグにくるんで送ってきたシリーズの完結巻.あくまでコメディではあるのだけど,裏にいろいろ透けて見えるものがあって,笑いも少し乾いてしまう.立場がひとをつくるとはこのことだ,みたいな,一種のホラーのようなラストも良かった.幼女編集長よ,また会う日までさようなら.

今慈ムジナ 『路地裏に怪物はもういない』 (ガガガ文庫)

路地裏に怪物はもういない (ガガガ文庫 い 9-4)

路地裏に怪物はもういない (ガガガ文庫 い 9-4)

少年は、世界に残された最後の幻想だった。

夏至の日、少年は十五歳の人の形で自然発生的に生まれた。

社会常識や一般教養はあるが、過去の記憶や記録がない。同種の仲間もなく、怪物らしい無双の力もなく、ついでに名前もない。

何者にもなれなかった怪異だと、すぐに少年は理解する。この世に自分以外の怪異がいないことが、少年の存在に刻まれていた。

そして「この平成の夏が終われば自分は消滅する」と識っていた。

十五歳の少年の姿をした《最後の幻想》は,《空想を終わらせる男》左右流,《絶えた怪異を殺す少女》神座椿姫と出会い名前を授かる.世界最後の怪異,夏野幽の,平成最後の夏の物語.

幻想や怪異が死に絶えた世界で生まれた,最後の怪異が遺したもの.帯に曰く,「平成最後を締めくくる新伝奇」であり「ゼロ年代を愛したすべての読者へ、この作品を捧ぐ。」.章ごとに吸血鬼,人魚,化け猫を描いており,全体で見ると,平成に生まれた伝奇へのリスペクトをひしひしと感じる.というか『月姫』の影響を受けた平成最後の作品になるんじゃないかね.絶えた怪異と人間から生まれた「乖異」,空想と現実の距離の考え方とその語り方がとても興味深い.ひとにはすすめにくい作品ではあるのだけど,個人的にはとても好きなタイプの小説でした.