野宮有 『マッド・バレット・アンダーグラウンド』 (電撃文庫)

マッド・バレット・アンダーグラウンド (電撃文庫)

マッド・バレット・アンダーグラウンド (電撃文庫)

心臓に棲む怪物に精神を侵食された銀使いには罪悪感を感じる機能はなく、殺人という禁忌を破ることに対する躊躇いも存在しないとされる。だとすれば、この胃の底に溜まる泥のような感情は俺の錯覚だ。心臓を締め付ける棘のような疑問は、タチの悪い幻影だ。

バレシア皇国エルレフ市イレッダ特別自治区――打ち捨てられた人工島,通称「成れの果ての街」.金次第で動く何でも屋の《銀使い》ラルフと相棒のリザは,組織から逃亡した少女娼婦を連れ戻すという依頼を受ける.

ひとりの少女をめぐる,銃と異能のハードボイルド・クライムアクション.第25回電撃小説大賞選考委員奨励賞受賞作.いろいろな設定を詰め込んでいるのは意欲的,ではあるのだけれど,その見せ方が最悪に近い.地の文とセリフの両方を使った説明調の文章を導入部に詰め込んでおり,更にハードボイルドを意識した文体との相性もかなり悪い.目が滑りまくる.

「買った」ものにしか働かない異能力を活かしたアイデアに,ゾンビを次々と砲弾のように飛ばすシーンのインパクト.見るべきところはちゃんとあるのだけど,導入が悪いおかげで話の核心に近づくまで悪い印象をずっと引きずってしまう(実際極端なのは最初の方だけ,だと思う).最終的にその印象をひっくり返す力があるかというと,うーんという.

柴田勝家 『ヒト夜の永い夢』 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

御輿の中にあるもの、それは人の姿をした人ならざるもの。

切りそろえられた黒髪、瞳には月の如く深い輝き。その唇は芙蓉石に似た淡い赤。真白なる肌には絹の光沢。金襴袈裟を纏い、神聖さを漂わせる少女の偶像。

思考する自動人形――天皇機関であった。

昭和2年.和歌山で暮らす博物学者,南方熊楠のもとを超心理学者の福来友吉が訪ねる.福来に誘われて秘密結社「昭和考幽学会」に加入した熊楠は,会員たちと協力して粘菌コンピュータによって思考する自動人形,「天皇機関」を完成させる.天皇機関を新天皇に披露することを目論んだ昭和考幽学会員たちは,やがて昭和初期の動乱に巻き込まれてゆく.

新天皇即位に合わせ,昭和の奇才・天才・変人たちが集い開発した「天皇機関」が世界を変革する.登場するのは南方熊楠をはじめ,福来友吉,宮沢賢治,江戸川乱歩,西村真琴(學天則の製作者)などなど.「昭和やべえやつらアベンジャーズ」と呼ばれるのは伊達ではない.

粘菌と脳,並行する宇宙と幻覚と夢物語の相似を,仏教の世界観と昭和初期のわちゃわちゃした空気のなか語ってゆく.テーマがテーマだけに構えて手に取ったら,これがとても読みやすい.還暦前のおっさんたちが繰り広げるやり取りが思いのほかユーモラス.キャッキャウフフの場面が水木しげるか唐沢なをきで脳内に再生される.もちろん締めるべきところは締めており,全体でバランスが取れていると思う.夢から始まり夢に終わる.それでいて儚いかというとそうでもなく,変にどっしりとした存在感がある.今の時期にふさわしい,良い読書でした.



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草野原々 『大進化どうぶつデスゲーム』 (ハヤカワ文庫JA)

大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

大進化どうぶつデスゲーム (ハヤカワ文庫JA)

「こんな宇宙いやだよねぇ。ということで、ゲームを開始しよう! 大進化どうぶつデスゲームのクリア条件は、宇宙が書き換わった原因である知性ネコの進化を止めて生命史を元に戻すことだよ。具体的には、八百万年前の北アメリカにタイムスリップして異常進化したネコの先祖をぶっ殺すんだ。それで宇宙は元通り。サルになったみんなも、ヒトに戻るよ!」

突如,ネコのような怪物の襲撃を受けた星智慧女学院3年A組.大混乱に陥る教室に現れたシンギュラリティAIのシグナ・リアは,3年A組の生徒たちがデスゲームに参加して勝たなければ,人類の進化はリセットされ,知性ネコが支配する宇宙に書き換えられてしまうと言う.3年A組の生徒たち18人は,人類の命運を賭け800万年前の北米へと赴く.

種の進化を賭けたデスゲームがはじまる.800万年前のサバンナを駆ける「青春ハード百合SF群像劇」.同日刊行の『これは学園ラブコメです。』といいこれといい,さてはキャラクターに興味がないな? ワンアイデアを敷衍しつついろいろなことをやっているのだけど,どの方向においてもいまひとつ印象が薄い.知性ネコがサルを抑えて霊長になるための進化の仕組みなど,面白いところもあるとはいえ,動物のうんちくが多かったなあ,みたいな煮え切らない感想ばかりが残った.



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草野原々 『これは学園ラブコメです。』 (ガガガ文庫)

これは学園ラブコメです。 (ガガガ文庫)

これは学園ラブコメです。 (ガガガ文庫)

理解してはいけなかった。キャラクターがストーリーの構造を理解してはいけないのだ。だが、メタフィクション的存在であるまどかと長く接してきたこと、そして無数の競合するストーリー展開に流されてきたことが、圭にそのことを理解させてしまった。

その理解の副作用は大きかった。自身の虚構性があらわになってしまったのだ。自分がストーリー構造の奴隷であることをはっきりと理解してしまったのだ。

どこにでもいる高校生の高城圭は,ピンク髪の幼なじみとともに学園ラブコメのような学校生活を送っていた.そう,圭は正真正銘,ラブコメの主人公だったのだ.「虚構を作る力の擬人化」であるまどかと力を合わせ,SFやミステリやファンタジーの侵略から,学園ラブコメであるこの物語を守るのだ.

『構造素子』に触発されて書き始めたという「ハイテンション×メタフィクション学園ラブコメ」.虚構(フィクション)の存在を,メタフィクションにメタフィクションを重ねて語ってゆく.フィクションと現実の関係だったり,フィクションの構造だったり,フィクションにとっての毒である「なんでもあり」だったり.

『構造素子』が基礎編だとしたらこっちは応用編というか,『構造素子』に学園ラブコメのスキンをかぶせてわかりやすくしたものというか.スラップスティックでバカなメタSFとして単品でも楽しいのだけど,『構造素子』とセットで読んでみるとより良いかもしれない.なにせヒロインが河沢(こうぞう)素子だし,どのくらいインスパイアしているのかわかるとより楽しい,と思うので.



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酉島伝法 『宿借りの星』 (創元日本SF叢書)

宿借りの星 (創元日本SF叢書)

宿借りの星 (創元日本SF叢書)

「よいか、マガンダラ。奪還戦争は再びはじまったのだ。しかも敵は以前よりも遙かに狡猾な手を使っておる。御惑惺様に誓って、我々は卑徒(ひと)の侵略を食い止めなくてはならん。卑徒の巣を滅ぼさねばならん。判るな」

その星では,かつて人間たちを滅ぼした生物たちが社会をつくり暮らしていた.罪を犯したため,尾を切断されたうえで国を追放されたズァングク蘇倶(ぞく)のマガンダラは,命からがらの放浪の末にたどり着いた土地で,滅んだはずの人間が思わぬ形で生き残っていることを知らされる.殺戮生物と卑徒(ひと)の奪還戦争は再びはじまろうとしていた.

咒漠に落とされたマガンダラは,宜兄弟のちぎりを交わしたマナーゾと旅に出る.「皆勤の徒」の著者の初長編.導入こそものものしいものの,次々と現れる不気味で魅力的な生物たち,それらが織りなす社会や生態,そして倶土(くに)宇視(うみ)などありとあらゆる造語で語られるストーリーに惹き込まれる.時折妙に人間臭いユーモアが挟まるのは意図したものなのかな.ストーリーラインは意外とシンプルで,雰囲気としては「けものフレンズ股旅編」とでも言えると思う.作者自身の手によるイラストと造語に頭が馴染んだあたりから,徐々に強くなる卑徒(ひと)の陰と世界の謎.一気に読ませられた.楽しゅうございました.



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