二語十 『探偵はもう、死んでいる。』 (MF文庫J)

探偵はもう、死んでいる。 (MF文庫J)

探偵はもう、死んでいる。 (MF文庫J)

  • 作者:二語十
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/11/25
  • メディア: 文庫

だから、もし俺の、俺たちの――この日常やらそうじゃない部分までそのすべてが、たとえば一つの物語だったとして、それを本格ミステリのように期待してくれている人がいたとしたなら、今のうちに謝っておきたい。これはきっと、そういう人たちにとって楽しんでもらえるような話にはならない。

「お客様の中に、探偵の方はいらっしゃいませんか?」.飛行機に乗っていた巻き込まれ体質の中学生,君塚君彦の隣で手を挙げたのは,同い年ぐらいの少女,シエスタ.彼女は《世界の敵》と戦う本物の《探偵》だった.成り行きで助手として一緒に活躍した3年,そしてシエスタと死に別れてから1年.日常に浸かっていた君塚に,人探しの依頼がもたらされる.

第15回MF文庫Jライトノベル新人賞最優秀賞受賞作.《人造人間》を操り,《救済》を目的とする秘密組織《SPES》 vs. 「事件が起きる前に事件を解決する」本物の名探偵・シエスタ! 国民的アイドルの持つ時価30億のサファイアを狙った予告状! いい感じのハッタリに,すでにこの世を去った探偵への郷愁が入り交じる.一人称の語り口にすっと引き込まれた.

探偵はもう、死んでいる。

だけどその遺志は、決して死なない。

新本格ミステリにエモーションとアクションを足したような,というのかな.すべては死んだ探偵の手の上,みたいな話になるのかと思っていたけど,そういうわけでもない.死んだ者の遺志は,生きている人間が継いでいく.上の一節にすべてが込められている小説だと思う.ミステリというか,「探偵」小説と呼ぶのにふさわしい,気持ちのいいエンターテイメントだったと思いました.



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穂波了 『月の落とし子』 (早川書房)

月の落とし子

月の落とし子

  • 作者:穂波 了
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 単行本

「ああ……」

初めは小指の先くらいだったそれはだんだん大きくなって、地上に近づいてくる。

宇宙船オリオン3号が日本に降ってくる。

その司令船は軌道上で機械船を切り離せずに、今も繋がったまま。大気圏突入に耐えられる構造になっていない機械船は、火の粉になってみるみる崩壊している。

その様はとても美しく、そしてとても絶望的。

有人月探査計画「オリオン計画」によって人類は再び月面に立った.しかし,月面のシャクルトン・クレーターに降り立ったクルーは突然の吐血から急死.残された宇宙飛行士たちも,謎のウイルスに感染し,次々と吐血しながら突然死してゆく.地球への帰還を試みた宇宙船も切り離しに失敗し,破損した機械船の一部が船橋市の高層マンションに激突してしまう.

第9回アガサ・クリスティー賞受賞のディザスター・ミステリ.月面で血を流し突然死する宇宙飛行士.地上に墜落する,病原体に汚染された宇宙船.宇宙船によって崩壊するマンション.そして,致死率80パーセントの病原体が船橋にばらまかれる.リーダビリティがとにかく高く,次々と起こる驚異的な事故に引き込まれてゆく.ディザスター小説としてのスケールとテンポの良さは折り紙付き.同期受賞の『それ以上でも、それ以下でもない』と対象的と言えるかもしれない.



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紙城境介 『継母の連れ子が元カノだった3 幼馴染みはやめておけ』 (スニーカー文庫)

継母の連れ子が元カノだった3 幼馴染みはやめておけ (角川スニーカー文庫)

継母の連れ子が元カノだった3 幼馴染みはやめておけ (角川スニーカー文庫)

  • 作者:紙城 境介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/01
  • メディア: Kindle版

失敗した。

心の底から失敗した。

未練は本当にどこにもない。あの夜に芽生えたはずの熱情は、今となっては寂しいくらいどこかに消えた。代わりにあるのは、途方もないほどの後悔だ。

だから言おう、何度でも。

幼馴染みはやめておけ。いざとなっても逃げ場がない。

幼馴染みはやめておけ。隠し事ができなさすぎる。

幼馴染みだけは、絶対にやめておけ。

夢のようには、忘れられない。

川波小暮と南暁月はお隣同士に住む幼馴染み.かつて流れで付き合っていたふたりは,今では顔を合わせるたびにいがみ合うようになっていた.学校行事の勉強合宿の晩.小暮と暁月は,黒歴史になっていた思い出に向き合うことになる.

元カップルのきょうだいから少し離れて,その友達である元カップルの幼馴染みにスポットを当てた第三巻.恋人同士になる前から積み重ねた思い出が,付き合って別れることを経て,すべて黒歴史になってしまう.フィクションにしか存在しない,都合のいい「幼馴染み」を再定義した巻になっていると思う.幼馴染みという「役割」の持つ甘酸っぱさ,そこから生まれる苦さを男女両方の視点から浮かび上がらせている.これこそがラブコメの醍醐味,というか,作者の筆力と着眼点に蒙を啓かれた思いがした.「ラブコメ」と「幼馴染み」を愛するひとにぜひ読んでいただきたいと思いました.

周藤蓮 『吸血鬼に天国はない②』 (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない(2) (電撃文庫)

吸血鬼に天国はない(2) (電撃文庫)

  • 作者:周藤 蓮
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/10
  • メディア: 文庫

「しかし――――」

言葉が、苦い。

「――――まるで不幸になるために一緒にいるみたいだね、君たちは」

運び屋のシーモア・ロードと吸血鬼のルーミー・スパイクがいっしょに暮らし始めてから最初の年明け.シーモアは異形の双子,ニコルベルとリンのトラベルに巻き込まれる.一方で,シーモアとの約束を守り続けていたルーミーは少しずつ衰弱していた.

吸血鬼の少女と運び屋の青年の,純粋すぎる感情と価値観のすれ違い.個人的大傑作だった一巻をさらに粗くし,さらに尖らせたような印象を受けた.ロジックではなく,場面の描写力と,それに感情を乗せることで物語の形を作っている,ように感じた.

小柄な姉と,大柄で言葉の話せない異形の妹の双子.どこにもいない吸血鬼を望み続けた吸血鬼狩り一族の末裔.刑務所の地下に幽閉された殺人鬼.様々な人間や怪物に出会うことで,人間に惹かれ,人間の純粋さを知りたいと思っていた世界最初で唯一の吸血鬼が,人間を知る巻,ということになるのかな.実際は人間なんて純粋じゃないし.なんなら生きているものはみな平等に間違っている.すべての人間を知る必要も受け入れる必要もない.だから僕が君を受け止める.異論もあるかもしれないけど,ポストセカイ系の物語なのかもしれない.正直すべてを消化できた気はしないのだけど,やっぱりすごく好きな作品だなと思いました.



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瘤久保慎司 『錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す』 (電撃文庫)

錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す (電撃文庫)

錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す (電撃文庫)

  • 作者:瘤久保 慎司,mocha
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/12/10
  • メディア: Kindle版

「私……いや、オレはな。オレは今、『ジョン・ウィック』で犬を殺されたキアヌ・リーブスより悲しいよ、赤星……」

九州の地を襲った巨大な陸地.それは,日本最北の大陸だと思われていた超巨大海獣,北海道だった.ミロと,紅菱の王によって子供の姿にされてしまったビスコのふたりは,北海道に呑み込まれる.

北の巫女に導かれ,一族の住む海獣の膵臓へと向かう.大陸と思われていた北海道は超巨大海獣だった! 見開き2ページで解剖図をドーン! 有無を言わせぬパワー溢れる導入の,シリーズ第五巻.アクションの痛快さはド安定,ビスコとミロのイチャイチャも健在.そしていちいち魅力的でぶちのめし甲斐のある悪役の数々.舞台が舞台だけに探検小説の趣もあるかな.「生き方の模索」がテーマだったと著者が言うとおり,迷い間違える敵役というのはこのシリーズでは珍しいかもしれない.今回も楽しかったです.

「証明してくれたもの、あの人。魂が強ければ、身体は関係ないって」